ファンタジースキーさんに100のお題

037. 魔女と魔法使い (2)

 キャラの名前はヨシノ。レベルは七十五か。能力値は攻撃力、知力、精神力が高く、当然のことながら魔力は抜群。防御力と命中力はそこそこ、素早さと体力は低め。

 うわあ、明らかに魔法使いより上級クラスだ。固有の特殊技──アビリティの数が多い。『予言』『祝福』『呪い』『歴史への介入』『月影媛の息吹』。詳細は分からないけれど強力そうな感じがする。
 どうやら戦闘時には、装備した煙管が敵の攻撃を和らげるバリアをオートで展開するらしい。なんたるハイスペック!
 あ、しかも簪は毒や眠りなんかのステータス異常を防ぐ上に、魔力値を底上げする効果があるみたいだ。ちょ、至れり尽くせりとはこのことかっ!

 こんなのを見てしまっては黙って通り過ぎるわけにはいかない。レベル七十五ならグリンダと大して差はないのだ。普段の引っ込み思案はどこへやら、あたしは猛然と魔女に話しかけていた。
 ゲーム中、プレイヤー同士の会話はチャット方式で自由にできる。話したいキャラに接触して言葉を入力するだけでいい。もちろん相手がいつでも応えてくれるとは限らないけれど。

〔初めまして。魔女にクラスチェンジしたいんですけど、よかったら条件を教えてくれませんか?〕

 上級クラスに進化するには、上手く能力値を割り振り、特殊なアイテムを手に入れた状態で特定の場所を訪れなければならない。必要となる能力値やアイテム、鍵となるスポットまでもがクラスによってそれぞれ異なるものだから、当てずっぽうで条件を満たせる確率は推して知るべし、だ。
 ちなみに見習いから魔法使いになるときの条件は、『青の古文書』を持って水龍の洞窟へ行くことだった。たまたま一緒に夜盗狩りイベントに参加した魔法使いに教えてもらったのだ。
 目の前の魔女ヨシノは貴重な貴重な情報源。このチャンスを逃すなんてあり得ないでしょ!
 彼女はしばらくグリンダのステータスを眺めたあと、短い返信をよこしてきた。

〔パラバランスはちょうどいいと思う〕

 パラメーターの振り分けバランスは良し、と。あたしは意気揚々と重ねて訊ねる。

〔キーアイテムって何ですか? やっぱり手に入りにくいんでしょうか?〕

 どきどきしながら待つことしばし。
 ……ん? 返事がない。どうしたんだろう。とりあえずもうちょい話しかけてみるか。
 再度同じ質問を投げると、ヨシノは唐突に移動を始めた。あたし──グリンダにはっきりと背を向けて、遠ざかろうとする。まるでご機嫌ナナメな猫のように。
 え。うっそお、疑問形のメッセをスルーされた!?

 あたしは愕然として華やかな後姿を見つめる。
 初対面でいきなり図々しかっただろうか。いや、それにしてもちょっとあんまりな仕打ちじゃない?
 とっさに追いすがってしまったのはゲームの中だからこそで、実際にこんな対応をされたらその場に立ち尽くすしかできないだろう。わけも分らずまたメッセを送る。

〔ちょっと待ってください!〕
〔わたしは仲間を募集していない。話すことはない〕

 そりゃまあ、アイコン表示がないのは見れば分かるけどさあ。でもちょっとくらい何か教えてくれたっていいんじゃないの?
 せっかく初めて会えた魔女クラスなのに。
 その日から、あたしはログインするたびにヨシノを探すようになった。


 ヨシノとは週に一、二度の頻度で遭遇できた。
 それまで全く会わなかったのが不思議なくらい、彼女は頻繁に交易の街に出没している。『天馬のしっぽ亭』に姿を見せることも多い。交流スポットにいるくせに他人と関わりを持つでもなく、どうやら単に周囲のキャラクターを眺めているだけのようだった。
 ただ時間帯はばらばらで、お昼近くに見かけることもあれば夕方や深夜に姿を見せることもある。プレイヤーはあたしと同じく夏休み中の学生かも、と思った。

 ヨシノの艶やかなアバターが画面に映り込む都度、あたしは条件反射のように話しかけてしまう。仲間探しはそっちのけだ。何回アタックしても冷たくあしらわれるんだけれど、どうにもこうにも諦めきれなくて。

〔まとわりつくのはやめて。子犬じゃあるまいし〕

 うう、そんなこと言われましても。
 ヨシノのプレイヤーは意地悪だ。こんなにも頼み込んでいるのに全然相手にしてくれない。しかもさらりとわんこ呼ばわりですか……。絶対零度、取りつく島なし。そんなに邪険に追い払わなくたっていいだろうに。
 ヨシノはぷいっと向きを変えて歩き始めた。

〔どこへ行くの?〕

 どうせ答えてくれないんだろうな。そう思いながらも話しかけてみると、予想外に返信があった。

〔炎呪ノ森。クエストに入る〕

 おや。
 このゲームに固定シナリオは存在しない。代わりにランダム発生する無数の小さなイベントを、プレイヤーが自由にフィールドを動き回ってこなしていくのだ。クエストをスルーすることもできるけれど、経験から言ってアイテムが手に入る確率が高いからあたしはなるべく消化するようにしていた。
 ヨシノは何らかのフラグに当たってクエストが発動したのだろう。
 彼女が腰を上げるほどのクエストとは一体どんなものなのか、興味がわいてくる。

〔あたしも一緒に行く〕

 とっさにそんなメッセージを送ってしまった。我ながら驚きだ。
 行き先を教えてもらえて、嬉しかったのかもしれない。
 それにしても「一緒に行っていい?」と訊かなかったのは我ながら賢明だった。そんな訊き方をしたら無残に断られるに違いないから。
 ヨシノはしばらく沈黙したあとこう言った。

〔好きにすればいい〕

 やったあ。好きにさせてもらいますとも。
 喜び勇んで装備と持ち物を整え、ヨシノにくっついて交易の街を後にする。
 一歩外に出れば魔物や盗賊が徘徊するバトルフィールドだ。もちろん炎呪ノ森にも敵が出る。いくらキャラのレベルが高いとはいえ、体力やステータス異常を回復するアイテムは必需品だった。

 あーあ、ヨシノはステータス異常を気にしないで済むんだよね。ほんっと羨ましいなあ魔女。
 『オズの魔法使い』に出てくる善き魔女からグリンダの名前を拝借したというのに、いつまでも下級クラスのままでは名前負けもいいところだ。
 早くクラスチェンジさせたいという思いは募るばかりだった。