ファンタジースキーさんに100のお題

037. 魔女と魔法使い (4)


 脳裏に焼きついたメッセージ。
 ログイン時にいつも表示される画面を、ふと思い出した。タイトルロゴと、剣と乙女のシルエット。そして涼やかな字体のキャッチフレーズ。

 “切り拓け、己の手で”

 ヨシノの言わんとしていたこと。このゲームのコンセプト。
 ようやく、本当にようやく悟ったあたしは……自分の浅はかさに恥じ入る思いでいっぱいになった。


 *


 あたしは動き出すことができずに、杖に腰掛けてふわふわ浮いた待機状態のグリンダを、ただじっと見つめるだけ。

 お互いに再生しあう一対の火貂を前にして、あたしは二匹同時に倒すことを思いついた。阿吽という名前から連想して、必死に考えて。
 戦闘中の焦りと緊迫感。これで本当に倒せるだろうかという一抹の不安。そして火貂を倒したときの爽快感が、渾然一体となって胸によみがえる。

 仮に。もしもあの場で『同時にトドメを刺せば倒せる』とヨシノから教えられていたとしたら、きっとあれほどの高揚は味わえなかっただろう。火貂との戦闘は単なる作業と化していたに違いない。
 状況を見て、自分で判断して取った行動でなければ、きっと意味がないのだ。

 ヨシノが言いたいのはそういうことだったのだろう。異様に自由度が高いくせに攻略情報がほとんど出回らないこのゲームの醍醐味は、手探りのワクワク感。自分で切り拓く面白さにこそあるのだから。
 あたしはそれを忘れていたのだ。正解を手にしたヨシノに、手っ取り早く答えだけを教えてもらおうとした。
 人を頼ることに慣れてしまっていた。

 改めて考えてみれば、今までずっとそんなふうに過ごしてきた気がする。
 経験値稼ぎもそう、同じこと。一人でだって工夫すればちゃんと上手く稼げるのに、前線向きの仲間を募って、戦いを任せて。そのほうが安全で、楽だから、と。

〔ゲームのコンセプトを思い出せ〕

 もう何度目か分からない。ヨシノの言葉が反芻される。
 発作的に、メニュー画面を開いた。『仲間募集の有無』の欄にカーソルを合わせ、決定キーを押す。
 『この指とーまれ』マーク。騎士とのコンビを解消して以来ずっとグリンダの頭上に表示されていた、とうに見慣れた指型のアイコンが、ふっと消えた。

 ──自分の力で、魔女になろう。
 胸中で呟いた、その、まさにその瞬間。
 いきなりBGMが底抜けに明るいものに切り替わった。ファンファーレ。と思うと同時、画面に満ちた神々しい光があっという間にグリンダを包み込んでいくではないか!
 その光景には見覚えがあった。見習いから魔法使いへと昇進したときとそっくり同じだ。

 唖然として見守るあたしの前で、グリンダは魔女へとクラスチェンジを遂げたのだった。

 どうやら、魔女になるには、パラメーター数値とナンテン、そして仲間がいない(かつ募集中でない)というのが条件だったらしい。
 特定のスポットを訪れなくても上級クラスに昇れる場合があるだなんて、今まで思ってもみなかった。
 つくづくこのゲームはカタチに囚われない。驚かされてばかりだ。

 おそるおそる開いたステータス画面。そこにはこう書かれていた。


 【魔女】……孤高の賢者。神出鬼没で魔力が抜群に強く、探求心と挑戦心に溢れている。


 なるほど、どうりで魔女クラスを見かけないわけだ。仲間を募らず一人で行動するなんて、よほどの初心者かコアユーザーか。どちらにしても、とんでもなく少数派だろう。

 ──探求心と挑戦心に溢れている、か。
 画面に映し出された一文を指先でそっとなぞり、あたしは小さく息をついた。
 どうやら当分はこのゲームから抜け出せそうにない。
 今度ヨシノに会ったら、なんと言ってお礼を伝えようか。
 思わず笑みがこぼれる。

 クラスチェンジしたグリンダは初期装備に戻ってしまっていた。魔法使いの武器防具を売り払い、急いで魔女用の装備を整えなければならない。
 次なる冒険に備えるために、なりたて魔女は颯爽と街へ入って行くのだった。


 END