そんなのとっくに分かってた。
もう後戻りはできないって。
明るい教室や、同級生の笑いさざめき、屈託のない友人関係。
全部ぜんぶ、捨ててきた。
希望に満ちた未来と引き換えに、あの人と共に在ることを私は選んだ。
手を血に染めること。汚濁した闇社会で暗躍すること。
『闇技術者エーデルワイス』は、あの人の懐刀。何だって厭いはしない。
あの人のために生きる──それは私の喜びなのだから。
だから私は、自ら望んで地下世界の技能を体得した。
当代随一の闇技術者とまで呼ばれた人に師事して、知識を吸収し、身体を鍛え、精神を補強する。
そうして私は『エーデルワイス』になった。
何事にも動じず、どんな任務も冷徹に遂行できる、忠実な猟犬に。
私の行動はあの人のため。
判断基準は、あの人の利になるか否か。
全てにおいて、あの人が最優先。
だから私はためらわない。悩まない。鋼鉄の、自動人形。
技能、時間、心。私の持てる全てを注いで、あの人の命令を実行するだけ。
私はもう、他のものに価値を見出すことができないのだ。
そう……自分自身にさえ。
友達なんか要らない。
安らぎも、笑顔も、夢も。全部、要らない。
ただあの人の傍にいられれば……それでいい。
きっと人は、こんな私を滑稽と笑うだろう。
あるいは憐れに思い、同情するかもしれない。そうまでして、たった一人の愛が欲しいのか、と。
本当は分かっている。
随従することで寵を乞う私は、愚かで浅ましい。みじめで、脆く、弱い。救いようがないほどに。
まるで……哀れなはぐれ鳥のようだ。
でも、それでも、私は……
もしあの人が凶弾にさらされたら、私は身を呈して庇うだろう。
もしあの人が死んだら、私はすぐさま後を追うだろう。
私は、あの人なしでは生きられない。
だから、生きるならばあの人のために。
幼かった遠い日に、救いの手を差しのべてくれた、あの人ために。
『エーデルワイス』として生きること──それは自身への誓約。
この瞳に映るのは、贖えぬ罪。
この腕を戒めるのは、救いなき愛。
罪科の闇に囚われ、絆という鎖で縛られて。
そして私は、今夜も粛清の刃を振り上げる。
光の届かぬ闇の中。いつかこうして、私も自身の血にまみれて死を迎えるのだろう。
幾多の血を浴びてきた者には、それが最も相応しい末路。
死ねば、終わりだ。骸となって、一切合財に幕が降ろされる。永遠の隔絶。
でも。きっと私は、最後の瞬間まで後悔はしない。
あの人と出会い、この道に殉じること。
すべて私の選んだ道だから。あの人と共に歩んだ道だから。
それがどんなに罪深くとも、悔いなどあろうはずがない。
自ら掴み取った運命を、静かに全うしよう。
ただ、ひとつだけ。
願わくば……
今しばらく、あの人の傍に、いられますように。
それだけが、私の、願い。