夢想百題

039. 太陽の希望 (2)


 やがて、なんとか自力で立ち直った里長に促されて、膳を囲みながらの情報交換が始まる。
 ふるまわれた食事は温かく、身体に染み込んでいくような献立だった。味付けの淡いものと濃いものがはっきり二分されていて飽きさせず、山野の食材が彩り豊かに盛り付けられている。
 穂積の衆からの連絡を受けて、歓待の用意をしていてくれたのかもしれない。昼間、清白と雲取が採った山菜も煮汁にして出されていた。
 物部の衆──鵺は人妖の中でもひときわ謎の多い、能力や暮らしぶりがほとんど知られていない種族だが、こうして食事を共にすると、それだけで打ち解けたような心地になっていくから不思議なものだ。
「……では、瑞宝をお貸しくださるのですね」
 喜色のにじむ葛葉の問いかけに、里長は一も二もなく頷いた。
 リッカはジジイなどと呼んでいたが、人妖の例に漏れず、彼の外見から実年齢を読み取るのは難しい。微笑の浮かぶその顔はどことなく中性的で、独特の雰囲気が感じられる。
「蛇ノ紗布が役に立つならばどうかお使いいただきたい。我々も、あの禍つものを放置してはおけまいと相談していたところなのです。封じに使えるならばこれぞ重畳。死蔵しているよりよほど良いでしょう」
「ありがとう存じます!」
 相手の動きを抑制する神具があれば、怨霊封じという途方もない目標にも実現性が増してくる。
 何しろその効果のほどは実証済みだ。蜂ノ羽衣(すがるのはごろも)で瘴気を祓いつつ、蛇ノ紗布で怨霊本体を抑え込み、刑部姫の作る封呪の石碑を要として氷結封印を施す……。
 厚く不穏な雲の切れ間から、一筋の光が差し込んだような心地だった。
 清白と雲取も喜びに輝く顔を見合わせたのち、葛葉に倣って里長に頭を下げる。
 その時。
「ですがひとつだけ、条件があるのです」
 里長が能面のような笑顔で見つめてくる。先ほどまでの狼狽はどこへやら、妙に断固とした口調だった。
 物部氏族を束ねる長は、葛葉、清白、雲取の目をおもむろに一人ずつ見つめて、
「このリッカを、共に連れて行ってください」
 滑舌よく、きっかりと言い切った。
 さすがに意表を突かれた一同は、そろって目を丸くする。
「こんな風体ですが、こと術の行使において、この子の右に出る者は物部にはおりません。並程度の妖力しか持たない我ら鵺にあなたがたの援護ができるとしたら、このリッカをおいて他にはありません」
「力押ししか能のない天狐と山の天気より気まぐれな鴉天狗に人間の刀遣い。この取り合わせじゃ頼りないったらありゃしないでしょ。仕方ないから手伝ってあげるのよ、このあたしが」
 葛葉は呆気に取られ、リッカのよく動く紅唇をただ眺める。
 すると反応の薄さが気に障ったらしく、リッカは美しい眉をひそめた。
「葛葉あんた、あたしの腕前を見たんだから狂喜乱舞して拝み倒すべきところでしょうに。感激のあまり言葉も出てこないのかしら」
「……まあ、たしかに……術はすこぶる巧みであったが……」
「一番得意なのは搦め手よ」
 胸を張ってそう言うのならばまだ理解できるが、ここで流し目を作るのはどういうわけなのだろう。ただでさえ切れ長の双眸が神秘的な光を放ち、何やら正直ちょっと怖い。
「適材適所、まさに天の配剤ですね」
 里長は里長で、一人でしきりに頷きながら満足そうな表情を浮かべている。
「なあ清白……これって体のいい厄介払いって気がしねーか?」
「ああ……若干持て余してるような感じだもんな……」
「普通に考えりゃ、お宝を借りた上に助っ人までつけてもらえるなんて運がいいんだろうけどよ。しかも美女」
「なんだろうな……こう、なんとも言えない、うっすらした不安が」
 清白と雲取の囁き声は、リッカの明るい笑い声にかき消された。