伝票を整理して控え一式を保存、決裁を経て経理部に支出状況を提出する。急ぎの事務がざっと片付いた頃には、いつのまにか時計が夕刻を示していた。すでに玻璃窓の外から薄闇が忍び寄ってきている。なにしろ新年を迎えたばかりの雨月だから、吸い込まれるように日が暮れてしまう。
救助作業は無事に終わったのだろうかと心配になりかけた瞬間、事務室の扉が乱雑に開け放たれた。
オレ様、ご帰還――とでも表現したらいいのだろうか、任務を終えたエルガー君が来た途端に室内が騒がしくなった。
課長と話す口調ははっきりしているし、足取りも普段どおりのように思えたが、どうやらだいぶお疲れであるらしい。経緯の報告もそこそこに、自席の椅子に沈み込んでしまった。
念動力は距離と質量に比例して心身にかかる負担が大きくなる。崩れ落ちた物資を動かして力を使いすぎたのだろう。一緒に戻ってきたセレシアス君がエルガー君のぶんまで代わりに報告していた。死者はなく、負傷者は霊術で癒して積み荷は全て片付けてきたとのこと。幸いにも大事には至らなかったらしい。
そうこうするうちに定時を過ぎて、課長が二人に「ご苦労だったな。報告書は明日でかまわないぞ」と帰寮を勧めると、エルガー君は即座に、セレシアス君はためらった末に引き上げて行った。
廊下に出て、二人の背中に労いの声をかけてみる。セレシアス君は丁寧に会釈を返してくれたけど、エルガー君は振り向きもせずに手を振って、いつもの、あのぞんざいな調子で言った。
「アンタ密偵にゃ向いてねェよ」
……結局、エルガー君は朝から観察されていたことに気づいていたのだった。注視しないように気をつけたつもりだったのだが、他人の意識が長時間集中して自分に向けられていれば、視線を感じなくてもそうと知れてしまうらしい。
普段、遠隔視覚の能力を使った望遠偵察ばかりしているせいだろうか、現場で周囲に溶け込みながら標的の様子を窺う私の偵察技術は、ひどく拙いものだと思い知らされた。悔しいけれど彼の言うとおりだと思う。段階を踏んで修練する必要がある。
目の前の通常業務ももちろん大切だが、内外の厄介事処理担当である三課員として、幅広い技術を習得していかなければならない。
END