小さな嘆息がこぼれた。
即位からわずか五年。もしかしたらわたしは性急すぎるのかもしれない。通常なら二十年の月日を費やして築いていくものを、何もかも十年で形にしようと無理を重ねているのではないか。幾度払い除けても纏わりつく蜘蛛の糸のように、胸の中には常に不安が絡みついていた。
『……どうしようもない時はね、キリエ。大切な人に話してみるのよ』
耳の奥に、ふわりと懐かしい母上の声が甦る。あの子を産んで身体を弱らせ、手折られた花のように逝ってしまった母上。病床にあって、さりげなくそんなことを言っていたのを覚えている。思えば母上は、いつか我が子が政務と私事の狭間で悩み悶えることを見通していたのかもしれない。
一国を統べる者の大概がそうであるように、大公家の人間にはある種の孤独が付きまとう。なんの打算もなくただ話を聞いてくれる相手がどれほど希有であるか、妹と隔てられ両親を亡くしたわたしは、すでに身をもって知っていた。
でも、きっと大丈夫。信頼する人に打ち明け、それからまた自分でじっくり考えてみる──時にはそんな手法もあるのだと気付かせてくれた人が、わたしにはいるのだから。
飄々とした学友の顔を思い出しながら、わたしは静かに絵の前を離れた。ずいぶん長居をしてしまったようだ。もう執務室に戻らなくては、急ぎの決裁が間に合わなくなってしまう。
最後に一度だけ振り返り……頭を下げて。
律動的な足取りで歩き出したわたしの背を、誰かがそっと押してくれたような気がした。
END