がさり……
「いたぞ!」
エルガーの足下で木葉が音を立てたのを耳聡く聞きつけて、軍服の男は声を上げた。
先程森に逃げ込んだ新人二人組。間違いない、その片割れだ。自分の首飾りを守って隠れていればいいものを、性懲りもなく再び姿を見せるとはいい度胸。
「追うぞ!」
連れと二人がかりで、黒髪の新人を追って森の中へと分け入った。
彼らは気付かなかった。夜陰に紛れてじっと伏す、ジオの存在に。
しばらくして、やや開けた木々の間でエルガーは立ち止まった。
二人の追っ手が迫り来る。身体の輪郭が見てとれるほど近づくと、軍服の男たちのうち小柄な方が手を上げた。
「もう降参かい、新人君?」
口調は軽いが、奇襲の通用しない間合いで足を止めている。さすがは公軍、といったところだろうか。
大柄な方は黙したまま、じっとこちらを見据えている。ちょっと不気味な雰囲気だ。
「先輩方、悪いがその首飾りはいただいた」
「ははは、これはまた大きく出たねぇ、君。生憎だけど、コレはそう簡単にはくれてやれないよ?」
「結構。力づくで奪うまでだ」
「ずいぶん余裕みたいだね。その自信はどこから来るのかな」
エルガーの挑発は効果覿面だった。入隊したばかりの新人にこうまで舐められては沽券に関わる、とばかりに二人揃って身構えて──
「!?」
二人揃って、驚きのあまり声もない。ただ浅い息の漏れる口を開閉するだけ。
それも無理からぬことだった。大地を飾っていた落ち葉が、音もなくいきなり空中に浮かび上がったのだから。しかも大量に。
のみならず、攻撃的に襲いかかってきたとあっては、これはもう軽く混乱するのも当然だろう。
「なッ、木葉が!?」
エルガーの意に従い、葉々は荒れ狂う旋風となって先輩軍人を追い詰める。それまで意識すら向けなかったものに襲撃されて、彼らは算を乱しかけていた。
あと、ひと押し。
「今だ、ジオ!」
合図に応え、ジオが茂みから飛び出す。
背後から小柄な方に羽交い締めにし、その隙にエルガーは大柄な方の眉間に拳を見舞った。
「──っ!」
怯んだところに足払い。倒れ伏した先輩軍人に馬乗りになり、念のため脇腹にもう一発打ち込んで。首飾りを頂戴するまで、ものの数秒しかかからなかった。
「はっ……はあっ……」
「うまくいったな、ジオ」
一息ついたのは、森林区域を抜けた後のことだった。
戦果は上々。自分たちの首飾りは無傷で、二人連れの先輩からひとつ奪えたのだ。決して低くは評価されないだろう。
いつの間にかすっかり闇色の帳が舞い降りて、世界には安息の夜が訪れている。終了時刻まであと少し。
「しっかし驚いたな。異能者、だったなんて」
ジオはしみじみと言ってくる。嫌悪や畏怖の色はなく、驚きだけがそこにあった。
──異能者の隔離を断行していた先代大公が身罷り、歳若いキリエ公女が後を継いだばかりの世である。
幽閉されていた異能者は解放されたものの、一般人は彼らを異端として扱うことが多く、異能者への風当たりは相変わらず厳しい。そのため異能者は、自分の能力をひた隠しにするのが普通だった。
だがエルガーは力を隠そうとせず、見事に利用してみせた。ジオが驚いているのはその点である。
「ま、隠してたって、どうせいつかバレるしな」
「そっか……」
「それに、役に立っただろ?」
にやりと笑い、ジオに戦果を投げて渡す。首飾りはわずかに月光を弾いて煌めいた。
「アンタが持ってなよ。どうもオレは落とし物が得意でな」
「なぁに言ってんだ。落としても、あの力で手元まで持ってこれるだろ?」
きょとんとした後、エルガーの胸にこみ上げてきたのは笑いの衝動だった。
「……確かに」
黒ずんだ壁に寄りかかりながら、二人はしばし笑い合った。
END