月城先輩率いる巡回隊は、まず中等部の教室から見回りを始めるようだった。
 並んだ窓から赤く染まった夕暮れの空が見える。あたしはクラブ活動に入っていない帰宅部だから普段こんな時間まで校内にいることは少ないけれど、この時間ならだいたいどの部活も練習や活動を終えて、みな帰宅する頃だろう。
 教室をひとつずつ覗き、誰もいないことを確認していく。戸締りやその他異常がないことも確認しながら。
 チェックした場所は一覧表に印をつけるので取りこぼしの心配はない。普段は生徒会みんなで手分けして巡回するらしいが、今日はあたしがいるので一緒にまわってくれているようだった。
 ふと見ると、灯りのついている教室がある。月城先輩はあっさり教室に入っていく。
 中等部三年の教室のひとつだ。そこにはルシファー先輩の姿があった。机の上には色鮮やかなたくさんの糸と針。手元の作品を見るまでもなく刺繍をしていたのだと分かる。さすがにお嬢様は趣味も上品だなぁ。
 生徒会の巡回に気がついたのは、ルシファー先輩ではなくその隣に座って本を読んでいた男子生徒のほうが先だった。
「ルゥ、もうこんな時間だ」
 無心に刺繍を続けるルシファー先輩に声をかけるその人は、たしか彼女の従兄であったはずだ。放課後まで一緒に過ごすなんてよほど仲が良いのだろう。その姿は一幅の絵画のように品が良く、二人の間には穏やかで親密な空気が漂っていて、なんだかこちらまでほっこりした気持ちになった。
「あら本当。遅くなってしまいましたね。すみません、もう帰りますので。皆様お疲れ様です」
 後半は生徒会の面々に向けた言葉だった。気遣いが嫌味にならない。彼女を促して帰り支度をする従兄さんも、挙措は紳士的で、しかもごく自然。眺めていてちょっと驚いた。本当の上流階級育ちというのはこういうものなのだろうか。
 あたしは半ば陶然として、二人並んで帰途につく後姿を見送ったのだった。
 ペナルティだっていうのに、ほんとさっきから良いものを見られてラッキーだなぁ……眼福だ!

「お疲れ様です。今後は遅刻しないように気をつけてくださいね」
 ひととおりの見回りを終えた後、月城先輩はそう言って任務完了を告げた。
「すっかり日が暮れてますし、帰りは私が送りますよ。バイクだから少し寒いかもしれないけれど」
「えっ、そんな。いいです、あたしなら大丈夫」
「女の子を一人で帰して万が一にも何かあったら大変でしょう。遠慮しないで。私もそのほうが都合が良いっていうだけなんですから」
 クールビューティーと囁かれ、高嶺の花的な存在として広く目されている生徒会長。美しい顔立ちと抑揚の少ない喋り方が、その風評にさらに拍車をかけるのだろう。けれどこの時あたしは温かな気遣いを感じて嬉しかった。
 手渡されたヘルメット。夜風はひんやりと冷たく、上気した頬には返って心地よい。
 黒絹のような長い髪を束ねてバイクにまたがる月城先輩は、また格別にカッコ良かった。二人乗りなんて初めてで、後ろから腕を回してしっかり腰に掴まるよう指示されたときは、恐れ多くて心臓がとまるかと思ったけれど。
 あー、素敵な一日だったなぁ。

   END

「月城先輩、腰、細っ!」