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もうすっかり日記を書くのに慣れてきた感じ。生活の一部になりつつあります。
今朝は目覚ましが鳴ってから10分以内にベッドから抜け出せました。新記録!
このまま頑張っていけば、起きたい時間ぴったりに目覚ましをセットしても遅刻しないで済むようになるかなぁ。
……て、すごい低レベル?
でもこれが目下のあたしの悩み事なので、ちょっとのことでも記録していってもいい、よね。励みになるし。
新記録か、おめでとう。どうりで今朝は顔色がいつもより良かったはずだ。
今夜も夜更かししないで早めに寝て、明日また元気に登校してほしい。
これはアリア君の日記だから、もちろん書きたいことを好きなように書くといいよ。
アリア君が日頃考えていることを知れれば、先生も嬉しい。
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手元に帰ってきた日記帳を見て、思わず笑みが漏れてしまった。嬉しい、だって。
まったく律儀なことに、あれからセレシアス先生は毎日クラス全員の日記を読んでコメントを書いている。寝不足になっちゃうんじゃないかって心配だったけれど、やっぱりそこはさすが大人。上手く時間をやりくりしているようだった。
クラスの子たちも、まるで幼稚園の連絡帳だって言いながら、みんな楽しそうに日々の出来事を綴っているのをあたしは知っている。
手紙もどきでも、短文でも、いい加減な内容でも、先生は必ずそこに感想やアドバイスを書き込んでくれるのだ。
丁寧な筆跡で書かれたコメント文を読むと、セレシアス先生が生徒を個人として見てくれているのが伝わってくる。『クラスの一部』としてではなく、一人ひとり、ちゃんと個人として扱われている──そう実感することは少しばかり照れくさく、同時に、とても嬉しいものだった。
だから、
「今日はなに書こっかなー」
「あー、なんか日記のネタないかなぁ」
こんな呟きは、今や放課後のお決まり台詞、定型句となりつつある。ネタを探したり先生のコメントを予想したりと、新しい遊びをみつけたような感じで、多くの生徒が日記を日常のものとして受け入れていた。
このぶんならきっと、セレシアス先生がいなくなっても、半数くらいの子は習慣化して書き続けるかもしれない。
──そう。教育実習期間は、もう間もなく終わるのだ。
日ごとに迫るお別れの時。あえて考えないようにしてきた。
二人だけで話をする機会もあれ以来なかったし、ただでさえ忙しい先生を余計なことで煩わせたくなかったのだ。
けれど。
いよいよセレシアス先生が日記を読んでくれる最後の日になって。
どうしても、書かずにはいられなかった。ためらって、思い留まろうとしたけれど。──どうしても。
その晩あたしは初めて日記を読み返さずに通学鞄の中へとしまい込んだ。
そして。セレシアス先生は滞りなく実習を終え、惜しまれつつもスバル学園から姿を消した。
爽やかな風の吹く季節。
あとに残ったのは、まだ三分の一ほどしか使っていない、青空色の日記帳。しおりの挟まれた一ページ。
蘇芳色のボールペンで記された最後の一言は、きっとこれからもあたしを励ましてくれるだろう。
そんな予感を胸に抱いて、あたしは今夜も日記を綴る。
END
「六二〇年、草月第十二日。快晴……っと」