部屋の中央には丸テーブルがひとつ。椅子は四つ。昔は生徒指導室と称されていた小部屋だ。名前は変えられても使用目的に大差はなく、進学・進級をはじめとした学生生活全般にわたる悩み事を相談するための場所として、ことあるごとに使われている。
 プライバシーに配慮されたその部屋で、あたしは担任のラグ先生と向き合った。
 改めて見ると、先生はやっぱり教師というより芸術家の風貌だ。薄汚れた白衣を着ているのはともかく、頬のあたりにもうっすらと煤けたような汚れがついているのはいただけない。木炭で汚れた手で顔を触ったんだろうなぁ。
 いつものこととはいえ、まったく、まだ二十代半ばくらいだというのにどうもこの人は身なりに構わなすぎる。指導を受ける立場だというのに、思わずそんなことを考えてしまう。
 先生は閻魔帳のようなノートを繰ったあと、おもむろに話を切り出した。
「前々からそうだったけど、最近ちょっと遅刻や体調不良が多いね。朝、しんどいんだよね?」
「はい……すみません」
「責めているわけじゃないんだ。ただ、頻繁になってきたようだから気になってね。夜は何時くらいに寝るの?」
「十時には」
「睡眠不足というわけではなさそうだね。健康診断の結果によると、低血圧、やや貧血、か。朝食は摂らないの?」
「うんと早起きできた日には食べます。でも、あの、ふだん朝は気持ち悪いっていうか、胸がつかえる感じで何も食べたくないんです」
「ふうむ」
 しばし押し黙ったあと、次いで先生の口から飛び出てきたのは、まったく予想もしていなかった助言だった。
「何か部活にでも入ってみたらどうだろう」
 驚くあたしをまっすぐに見つめて先生は言う。
「別にスポーツじゃなくてもかまわないよ。少しだけ今までの生活を変えてみたらどうかな、と思うんだ。生活リズムにメリハリをつけるという意味でね。そうだなぁ、少人数でアットホームな雰囲気で活動できるところがいいかな」
「部活……」
「もちろんクラブ活動の類は強制じゃないからね。キミにその気があればの話だよ。まあちょっと考えてみて」
 食事もなるべく一日三回摂るように、と付け加えて先生は話を締めくくった。

 部活、かぁ……。
 思ってもみなかったけれど、言われてみてとっさに脳裏に浮かんだのは、中庭の花壇を手入れする園芸部の先輩たちの姿だった。
 種をまいて水をやり、雑草を抜いて、季節ごとに咲きさざめく花を愛でる。日々の活動としてはこの上なく地道だ。
 でも、土に触れるのには興味があった。
 ちょっとばかり勇み足かもしれないけれど、さっそく放課後にでも園芸部を訪ねてみようか。
 高揚し始めた気持ちを自覚しながら、あたしは面談室を後にした。


思い立ったが吉日!