セレシアス先生は理科準備室にいた。
 歴史担当のはずなのになぜ、と一瞬思ったけれど、問うまでもなかった。生物教師であるメイシュー先生に何やら作業を手伝わされているらしい。相当こき使われていたと見えて、周囲には書類の束と研究機材のようなものが散乱している。
「あら、生徒がここに来るなんて珍しいこともあるんですね。何か用事?」
 平坦な声と共に振り返ったメイシュー先生は推定四十代の女性教師で、この人もまた教育者というよりは研究者タイプ。生徒に知識を仕込むことよりも自分の論文や研究のほうを平気で優先して、なんとなくそれが当たり前のものとして通ってしまう、そんな空気の持ち主だ。あたしはメイシュー先生と間近に接するのが初めてだということに突然気がついた。
「実はセレシアス先生にちょっと相談があって……」
 ハルイ先輩はどこか別の場所で話を聞いてもらおうとしてそう切り出したのだろうけれど、闖入者を観察するようなメイシュー先生の視線を浴びて声が尻すぼみになる。沈黙が部屋に満ちた。
「……中庭に、変わった植物が育ってしまってまして」
 迷った末に、先輩はその場で相談を切り出した。
「ものすごい勢いで広がっていて、クワを入れても歯が立たないんです。見たことのないような蔦がわっさわっさと」
「なんですって? もっと詳しく聞かせて!」
 興味を示したのは、意外なことにメイシュー先生だった。セレシアス先生はメイシュー先生の食いつきっぷりに驚いたのか、唖然とした表情でフリーズしている。
 こうなったらメイシュー先生に詳しく言うしかなさそうだ。若干コワイ気もするけれど。
 ハルイ先輩が経緯と現状をかいつまんで説明するにつれて、メイシュー先生の顔つきはだんだんと変わっていった。恬淡としていたのが別人のようなギラつきだ。どうしよう、スイッチが入ってしまったらしい。
「もしかしたら新種かもしれませんね……。現物を確認しましょう!」
 宣言するや否や、勢い込んで歩き出すメイシュー先生。あたしとハルイ先輩、そしてセレシアス先生は慌てて後を追うのだった。


中庭へ