なんとなく怖いもの見たさ的な雰囲気で、自薦モデルのデッサンに挑戦してみることにした。
 対象の全体図を捉え、クロッキー帳に軽くアタリをつけて。
 普段ひとをこんなにまじまじと注視することなんて滅多にないから、妙な感じ。
 ティキュ先輩は実にノリノリで、品よく椅子に腰掛けて煙管を指に挟み、いかにもなポーズを取ったまま動かない。
 すごいなぁ、きらびやかな刺繍の入ったキモノ──打ち掛け、って言うのかな? ずっしりしていてかなりの重みがありそうだ。わずかに笑みを形作る唇はリンゴのような赤に彩られて、すごく、映える。
 確かに、いつもと同じ石膏像を描くより楽しい、かも。
 そんな内心が伝わってしまったのか、不意にティキュ先輩と視線が合った。身体は動かさずに眼差しだけがこちらを向いている。
 鉛筆を手にしたまま思わず硬直してしまったあたしに、ティキュ先輩はゆっくりと囁いた。
「あなた、コスプレ同好会に入らない?」
 こっ……これはまずい。大変なものと目を合わせちゃったよ!
 周りのクラスメイトたちは聞こえないフリ、見ないフリ。鉛筆がクロッキー帳の上を走る音だけが美術室に響く。み、みんな、ひーどーいー!
「素質がありそうだし、ちょっと興味あるでしょ? ね、とりあえず見学だけでいいから」
 満面の笑みでそんな怖いこと言わないで! 怖い、笑顔が怖い!
「や、あたしはそんな」
「大丈夫、周りが気になるのは最初だけよ。そのうち見られるのが気分良くなるから」
 なりたくない! 何この押し売り。誰か助けて本気で!
 ……結局、ティキュ先輩の勧誘は授業が終わるまで延々と続いた。ちょっとラグ先生いいかげんに気づいてお願い!
 しかも、花魁姿の先輩の攻勢は授業中だけに留まらなかった。休み時間になってもティキュ先輩はあたしを追って中等部の教室棟までやって来たのだ。あの衣装とメイクのままで。
「うちの同好会、人数足りなくてピンチなのよぅ。今なら入会特典サービスするから、ねっ」
 ちっとも悪びれずにそんなことを言ってくるのだ。この押しの強さ、タダモノじゃない。格好が格好だし、なんだか異様な迫力がある。
 あああ。とんでもない人に目をつけられてしまった!
 このままじゃ興味もないのにコスプレ同好会に入会させられてしまう。一体どんな活動を強いられるのやら、想像するだに悪寒が走る。
 ……とりあえず、逃げるが勝ちだ!


中庭へ