2周年記念

「音がするのよね、カラカラって」 (1)



たいやき様リクエスト
ティキュ+怪談風味


「それじゃ、お次はティキュさんですね」
 とうとう順番がまわってきた。
 周囲は充分に盛り上がっていて、視線が一斉にティキュへ集まる。
 トリを務めるのは初めてではない。さぁて、どの話をしようか──


 《クリスタロス》三課は不測の事態に対して臨機応変に対処するのが主だった役目であるため、事務員を除いた全ての技能員に特殊な研修が義務づけられている。今回の戦闘訓練もその一環だった。
 公都郊外の多目的公共施設を貸し切り、合宿形式で様々な研修を受けるのだ。基礎身体能力測定に始まり、剣技、馬術、応急救護、隠密行動、危機回避。研修は四日間に及ぶ。
 泊まり込みなので、夜には当然のごとく酒盛りと雑談大会になってしまうのだった。
 そんなわけで、毎晩楽しい一時を満喫しているのだが、今夜の話題は怪談である。全員がひとつずつ知っている話を披露していき、最後にティキュの番になったのだった。

「……これはね、昔、アタシが北部のアルデバラン侯爵領へ行った時に、地元の人から聞いた話よ」
 雰囲気を出すために用意した蝋燭の灯りが、ほの暗く室内を浮かび上がらせ、同僚たちが固唾を飲んでこちらを注視しているのが分かる。掴みよし。
「一年のうちの半分が雪に閉ざされる。そんな地域でのこと。
 とある村に、ひどく病弱な女の子がいたの。ろくに歩くこともできず、寝台の中で毎日を過ごしているような、生まれつき病がちな子でね」
 幼い少女の面影が脳裏に広がる。
 陶器のごとく白い肌、長い髪、伏しがちな双眸。窓の外の三日月をそっと見上げては、次の望月まで自分は永らえているだろうかと、日にちを数える華奢な指。
「彼女の家は裕福で、名医と呼ばれる医師を何人も呼び寄せては診察させたんだけど、それでも容体は一向によくならなくて」
 声調を落とし、悲痛そうに目を細めるティキュ。と、そこで不意に呼吸を改め、話を進める。
「両親はそんな彼女を溺愛していて、娘の慰めになればと珍しいものを次々に取り寄せたわ。父親が商人だったから顔が利いたのね。国内の希少な花や異国の玩具、鮮やかな染め物に曇りひとつない瀟洒な手鏡……。  数ある品々の中で、女の子が一番気に入ったのは、さてなんだったと思う?」
 同僚たちは顔を見合わせ、首を傾げてティキュの言を待った。
「風車、よ。彼女はそれが大のお気に入りで、いつも枕元に置いて手放そうとしなかった」
 細く開けられた窓からほんのかすかな風が入ると、少女の寝台を飾る色とりどりの風車が音を立てて回る。
 なんとも物悲しい光景だ。
「彼女は風車を集めるようになった。部屋はいつしか大小の風車で埋まり、風がそよぐたびに舞って、彼女を慰めた。──でも」
 ふっと沈黙が落ちる。再び口を開いたティキュの表情は、ひときわ陰欝なものに変わっていた。
「でも、それも初秋までのこと。秋が深まると風は刺すように冷たくなって……『身体に障るから』と、窓を開けておくことを禁じられてしまったの」
 彼女は唯一の慰めを失ったのだ。
 やがて、とティキュは続けた。
「秋から冬へと季節は移り、窓の外は一面雪の白に染められて、風車は動かない。落胆したように彼女の病状は悪化して、そうしてとうとう彼女は力尽きたわ」
 全てが凍てついた、その冬最初の日のこと。
「風車は彼女の棺に収められた。彼女の遺品は整理され、部屋にあったものは全て片付けられたそうよ」
 ところが。
 ──蝋燭の火が揺れる。ティキュは声を低めて語り続ける。
「葬儀が済んでしばらくした頃、使用人の間で噂が流れ始めたの。そう、密やかに囁かれる噂の渦中にあったのは、今はもう誰もいない部屋」
 話に聞き入る同僚たちを見渡し、一段と声を低めて。あえて感情は込めずに。
「音がするのよね、カラカラって」
 はっと小さく息を飲む気配が幾つもあった。ティキュは適度に間を取りながら続ける。
「ええ、そう。まるで風車が回っているかのような音が、何もないはずの部屋から聞こえてくるの。なのに、確かめてみると部屋の中に異変は見られなくて。ただ音ばかりが扉越しに聞こえてくる、そういうことが頻繁に起きるようになった」
 使用人の誰もが、かつてその部屋に風車が溢れていたことを知っている。
 部屋の主が、そのささやかな音を好んでいたことも。
「あの部屋にはまだお嬢様がいらっしゃる。使用人たちは口々にそう言って、ひっそりと幼い女の子の死を悼んだわ。古くから仕えていた使用人は特にね。彼らは白連花と一緒に風車をたくさん供えて、女の子の鎮魂を心から願った。  そうして、やがて……その地域では幼い子どもが命を落とすと、墓前に風車を供えるのが風習になったの」
 吹き荒ぶ北の風、ぽつぽつと風車が添えられた墓所。寂しげな音を立てて死者を慰める、その風景──