008. さらなる力 (2)
「うあぁ……どうしよう」
ルリアにもらった栄養剤を片手に、フェルンは途方に暮れた。
心身共に疲労困憊した状態である。ルリアのくれたものは、願ってもない贈り物だろう。瓶の中身がごく普通の栄養剤ならば。
『元気爆発栄養ドリンク』は、誰かのお手製であるようだった。ザイスが自分で作ったのか、あるいは副官のロザリン──マッドサイエンティストとして有名──が開発したのか。どちらにしろ、何が入っているか分かったものではない。
フェルンはまじまじと怪飲料を眺めて、嘆息した。やけに達筆な字体で記されたラベル。おまけに“蜂蜜プロテイン入り☆”と蜜蜂のイラストまで描かれてある。
正直、やはり飲みたいとは思えない。しかし。ルリアはこの件をザイスに報告するだろう。ドリンクを飲まずに捨てたりして、それがザイスの耳に入ったとしたら。
「僕のあげた栄養剤が飲めないって言うんだね☆」
柔らかな笑顔はそのままに、ザイスの四方に発散される強烈な暗黒オーラ──かすっただけでも丸一日幻覚に悩まされるという、恐怖の精神破壊攻撃。
「あああああっ!」
フェルンは思わず頭を抱えた。想像しただけでも恐ろしい。
飲みたくない。でも飲まなくてはならない。
ドリンクの副作用(?)が恐い。しかしザイスはもっと恐い。
追い詰められて、フェルンはぶつぶつ呟く。
「このままだと俺、ホントに仕事中に倒れちゃいそうだし……ううっ……や、でも……ひょっとしたら案外マトモな栄養剤かもしれないよな」
と悩んでいるうちに、交代の時間がきてしまう。
正門の見張りは重要な仕事だ。もし不審者が押し入ろうものなら、身体を張って止めなくてはならない。けれども、今の自分の体調で、果たしてそれができるだろうか?
「今日の夜勤を乗り越えるためには、このドリンクに頼るしかないのか……!」
脳裏に浮かぶ、ザイスの薄い笑み。
優れない体調を立て直すためというより、ザイスへの恐怖に屈服して、フェルンはついにその液体に口をつけたのだった。
*
正門にて。
時刻は宵の口。すでに夕陽の余韻は消え去り、空には三日月が浮かんでいる。
「にゃはははっ、リティアだー! うりゃっ、元気にやってるか~!?」
松明に照らされた闇の中、フェルンの脳天気声が響き渡る。
「フ、フェルンさん……?」
リティアと呼ばれた候補生──濃紺色のショートカットがよく似合う、やや中性的な佇まいの少女──は、思わず仰け反った。
月光は淡く夜闇を和らげ、かがり火は晧々と足元を照らし出す。そんな静謐の夜を台無しにするのは、一人で無意味にはしゃぎ回るフェルン。
「今日もお勤め張り切っていきましょ~う♪」
先程顔を合わせてから、ずっとこの調子なのである。異常なまでのハイテンション。いつものフェルンとは別人のようだ。
さりげなく同僚から距離を取りつつ、リティアは首を傾げた。フェルンのこの躁状態は、一体どうしたことだろう。脳内麻薬垂れ流しといった風情で騒いでいながら、その顔色が壮絶な土気色に見えるのは、果たして月明かりのせいだけだろうか。
「にゃっはっはっはっ☆ どうしたのかな~、リティアちゃん?」
リティアが返事に困っている間にも、フェルンは勝手に喋り続ける。
「んんっ? 体調が優れないのか? ならリティアもコレを飲むといい。ほらコレ、元気爆発栄養ドリンク☆ ザイス様のお手製らしいぞ~」
ザイス様の手作りドリンク。あからさまに様子のおかしいフェルン。
(ああ、なるほど)
リティアはそれだけで全ての事情を察し……深い深いため息をついた。
「神務官長様作のドリンクを飲むくらいなら、闇討ち覚悟で大人しく睡眠を取ればいいのに。睡眠を取った所で命の保証は出来そうに無いですが」
「にゃっはっはっ☆」
こうしてフェルンは一晩中、ドリンクの効果が切れて卒倒するまで、一人延々と騒ぎ続けたのだった。
『元気爆発栄養ドリンク』
アイテムショップにて、今冬発売予定☆
END