039. 太陽の希望 (2)
物部氏族を束ねる長は、葛葉、清白、雲取の目をおもむろに一人ずつ見つめて、
「このリッカを、共に連れて行ってください」
滑舌よく、きっかりと言い切った。
さすがに意表を突かれた一同は、そろって目を丸くする。
「こんな風体ですが、こと術の行使において、この子の右に出る者は物部にはおりません。並程度の妖力しか持たない我ら鵺にあなたがたの援護ができるとしたら、このリッカをおいて他にはありません」
「力押ししか能のない天狐と山の天気より気まぐれな鴉天狗に人間の刀遣い。この取り合わせじゃ頼りないったらありゃしないでしょ。仕方ないから手伝ってあげるのよ、このあたしが」
葛葉は呆気に取られ、リッカのよく動く紅唇をただ眺める。
すると反応の薄さが気に障ったらしく、リッカは美しい眉をひそめた。
「葛葉あんた、あたしの腕前を見たんだから狂喜乱舞して拝み倒すべきところでしょうに。感激のあまり言葉も出てこないのかしら」
「……まあ、たしかに……術はすこぶる巧みであったが……」
「一番得意なのは搦め手よ」
胸を張ってそう言うのならばまだ理解できるが、ここで流し目を作るのはどういうわけなのだろう。ただでさえ切れ長の双眸が神秘的な光を放ち、何やら正直ちょっと怖い。
「適材適所、まさに天の配剤ですね」
里長は里長で、一人でしきりに頷きながら満足そうな表情を浮かべている。
「なあ清白……これって体のいい厄介払いって気がしねーか?」
「ああ……若干持て余してるような感じだもんな……」
「普通に考えりゃ、お宝を借りた上に助っ人までつけてもらえるなんて運がいいんだろうけどよ。しかも美女」
「なんだろうな……こう、なんとも言えない、うっすらした不安が」
清白と雲取の囁き声は、リッカの明るい笑い声にかき消された。
「そうと決まれば荷造りね。旅装束もあたしに相応しいものを揃えるわよ。こんな煤けたナリの連中と一緒に行くならなおのこと、あたしの華やかさで少しでも泥臭さを緩和してあげないと。
葛葉、あとであんたの着物も見立ててあげる。髪の色に合う染めの、動きやすいやつをね。まったく、いくら旅の最中って言ったって、もうちょっと身なりに気を配りなさいよ」
よく喋りよく笑いよく毒を吐く。「瑞宝を託すに足るかどうか試す」などと言って戦いをふっかけてきたのはつい先刻のことなのに、今度は旅について行く気満々になっている。なかなか忙しいことだ。
「ああ、でもその指飾りはいいわね。瞳の色と調和してるし、作りも上品だし。それに穢れ避けの術が仕込んであるでしょ」
驚いた三人の視線がリッカに集中する。
刑部姫が持たせてくれた財宝の中にあった指飾り。うっとりするような深い色合いの琥珀には、毒気を吸収して持ち主の周りを清めるための術がかけられている。葛葉たちは実際に試してみるまで分からなかったというのに。
「なぜ、それを」
「見れば分かるわよ。たしかに上手いこと覆い隠してあるけどね。こういう、人が隠そうとしてるものを見つけるのって、あたし得意なのよねえ」
リッカは無造作に言った。「どうせなら揃いの耳飾りもあればいいのに」という感想は、椀から立ちのぼる湯気と共に三人の間を素通りしていく。
「ともかく、このリッカ様が同行するからにはとっとと怨霊を封印するわよ。美しくね!」
無下にはできない申し出である。怨霊は無数の命を喰らって徐々に強大になっていくが、リッカのような卓越した術の使い手がいれば対抗できる可能性は大きくなる。
ならば助力を請うのが当然だろう。たとえそれが、どれほど奇抜な変わり者であったとしても。
「……風変わりといえば、あの押しかけ鴉天狗も、慣れればどうということもなくなったしのう」
木霊たちの里にいた時とは打って変わって大人しくしている雲取を一瞥し、葛葉は口の中で呟く。
山中で雲取の初襲撃を受けてから早三日。忌々しいことに、もう半ば旅の道連れとして受け入れてしまっている自分がいた。
面妖なほど美しいこの鵺にも、顔をつき合わせていればそのうち慣れるのだろうか。若干の不安と共に見つめる葛葉に、リッカは機嫌よく笑いかける。
「そうだ、旅をしながら術の稽古をつけてあげるわ。あんた構成の組み方が大雑把なのよ。力押しばっかりでどうするの」
「うっ」
「せっかく妖力があり余ってるんだから、それを活かせるようにもっと構成の練度を上げなくちゃ。立ち回りとの併せ方もまだまだ工夫できそうだし」
「これリッカ、あまり無茶をしてはならんぞ。おまえの教え方は過激なのだから」
微妙に怖い里長の発言は聞かなかったことにして、葛葉は隣に端座する清白を見上げ、視線で問いかけた。
性別の件を抜きにしてもリッカの個性は強烈である。当然ながら清白も戸惑いを隠せない様子で、だが結局は頷いた。
解き放たれた怨霊は世界を揺るがす災厄そのもの。戦える者がなりふりかまわず全力で立ち向かわねば、この世は根こそぎ踏み荒らされてしまう。躊躇っている場合ではないのだ。
頭では分かっていてもこみ上げてくる不安を無理に飲み込んで、葛葉はリッカと里長に頭を下げた。改めて感謝を述べ、丁重に助力を請う。
「……ねえ葛葉。なんだか笑顔がひきつってるようだけど?」
リッカの指摘は、この際聞こえなかったことにしておいた。
END