雪が覆い隠した
ねえ、杏子さん。
あなたが姿を消してから、いつの間にか幾つもの季節が巡りました。
この街は今、近年まれに見る寒波に襲われている最中です。まだ年末にもなっていないというのに、どこを見ても雪景色。
視界を染め尽くす白。空から音もなく冬のかけらが降りしきり、街じゅうが静かに包み込まれています。
杏子さん。
あなたは今、どこにいるんですか……?
きっともう、生きてはいないのでしょうね。
“私は自分の信念を貫くために逝く”──決然とそう書き遺して、煙のように行方をくらませたのだから。
鮮やかで見事な失踪。
あなたがその気になれば、ヒイラギのネットワークをもってしても追跡しきれない。
闇技術者スズランは、確かにそれだけの技能を持っていましたものね。
だから。
だからあなたは、エーデルワイスという弟子にスキルの全てを伝えたあと、存在してはならない者になった。
自分自身で、そう断じたんですよね……。
あなたは私の師。
早くに亡くした肉親よりも、ある意味ではヒイラギよりも、誰よりも近かった。近くにいてくれた。
その先にある自分の行く末を悟っていながら、私を育て、あらゆることを学ばせてくれましたね。
きっと、ずっと、忘れられない。
「雪、あなたはね、私にとって毛布なの」
あのときの杏子さんの声、表情、仕草。
「凍えながら一晩じゅう寝返りを打っていた私に、誰かが明け方、そっとかけてくれた毛布」
それがあなたよ──と言って頬に触れてくれた杏子さんの、透き通るような微笑み。
杏子さん。
あなたが今、穏やかな顔で眠りについていると思ってもいいですか?
姿はどこにも見えなくとも、もはや二度と会えなくても。
広がった毛布の下で、手足を伸ばして眠っているのだと……そう思っていても、いいでしょう?
この粉雪が、あなたの上にも安息をもたらしてくれますように。
白い静寂に街じゅうが包まれるたび、そう願わずにはいられません。
END