異端者たちの夜想曲

1:ミッション


 闇が蠢き、影が躍る。
 漆黒の衣に身を包んだ少女は身じろぎもせず、息を潜めて時が来るのを待っていた。

 時刻は深夜三時。周囲には鬱蒼と茂った雑木林と、瀟洒な別荘以外には何もない。虫や梟の鳴き声、木々の間を吹きゆく夜風。ただひとつ、白銀の満月だけが、咲き誇る山桜を柔らかに照らしていた。
 目標人物が自室に入ってからすでに数時間が経過している。
 静寂。ほの暗い外灯も消え、完全なる夜の帳が辺りを覆っていた。

 ──“夜刀(やと)”、ミッション発動──

 少女は仲間へ合図を送り、反応があると同時に動き始めた。
 音もなく屋敷へと侵入し、防犯装置を沈黙させ、目指す部屋を探し当てる。二人の仲間たちも、それぞれ与えられた仕事を難なくこなしていった。
 作業が進むごとに、少女は次々と指示を出す。即応する仲間。
 任務において、少女と仲間たちは三人でひとつの生き物のように行動するのが常だった。頭は少女。仲間の二人は、一丸となって働き少女を助ける手足。頭脳から送られてくる命令を忠実にこなす駒であることを、彼らは己に課していた。それが彼ら二人の担うべき役柄なのだ。

 少女は二人に待機を命じ、館主の寝室へと密やかに入り込む。皮手袋を着けた繊手には、不吉に白光りする錐刀。
 そして──まるで猫のように無駄のない、しなやかな動きだった。
 部屋に満ちる血臭。無言の断末魔。
 一太刀で獲物を仕留めた少女は、もはや事切れた男には一瞥もくれず、仲間たちに撤退の合図を送る。
 暗殺は遂げられた。風が吹き抜けたかのような、あっという間の所業だった。
 正確で素早い仕事。それが彼女ら“夜刀”の身上である。

 闇に紛れ、裁きの斬撃を振るう死刑執行人。“夜刀”と呼ばれる少女たち三人の役割がそれだった。
 そこには涙も慟哭もない。血への嫌悪すら無表情の下に押し隠し、彼女らは冷徹に断罪を実行する。
 四月の冷たい夜風に誘われ、少女の美しい黒髪が躍った。

 辺りには一面の漆黒。山桜の花片だけが、ほのかな月明かりを受けて輝いていた。音を立てて吹き過ぎる風。儚く舞い散る桜、桜、桜……。
 少女は仲間を率いて別荘を後にした。遠ざかる屋敷は深い沈黙に包み込まれ、そこで起きた惨劇を知る者は誰もいない。

 ──ただ満月だけが、全てを見守っていた。