月下の約束
“光を見据えて前に進め”
“そして、その光が生み出す影を見過ごすな”
それが父王の最後の言葉だった。
世界中が血を流した大戦の終盤、敵兵の骸が累々と横たわっていた主城の奥。
耳元で低く囁かれた遺言は祈りの言葉にも似て、厳粛で、あたたかかった。
あのときわたしはまだ子どもで……それが遺してゆく者への言葉だと分かっていたのに、頷くことも応えることもできなかった。
泣いてはいけない。ただそれだけを念じていても、熟れた木の実がこぼれ落ちるように、涙は次々と溢れた。
くしゃくしゃに歪む視界に映った満月。テラスから最前線へと飛び立つ戦士たち。
がむしゃらに飛びついたわたしを抱きとめてくれたのは、ひんやり冷たい甲冑と、母妃の柔らかい胸。
見上げた母の面差しは厳しく張りつめていて、身に纏った壮麗な戦装束がその場の異質さをひときわ強く訴えかけてきたけれど、それでもひたすらに両親が慕わしくてたまらなかった。
あの夜あの場所で、わたしは何ひとつとして言葉にすることができなかった。
父にも、母にも……そして今となっては兄にも。
わたしにできたのは、去りゆく人たちの想いを受け取ること、だけ。
だから、せめて。
天人王セラフィム、妃アンジェラ──二人の娘として生を受けたことに感謝し、誇り高く生きよう。
世継姫として。いずれは天人王として。ふと立ち止まって自分を省みたとき、二人に恥じることのないように。
空を往く者の名を冠する王族に相応しく在ることを、あの日の月に誓おう。
空の銀月が満ちるたび、わたしはこの約束を胸にしっかりと抱き直す。
いつまでも、いつまでも。
大切な人たちの面影と共に、ひとつの約束はわたしの芯に根を張り続けるだろう──。
END