夢想百題

041. 最後の審判 (2)


  *


 結局、わたしの申し出を父上は戸惑いながらも了承した。
 想い人、家族、友人。この里を離れがたい明確な理由がある子には政略結婚など酷なことだし、同年代集団のまとめ役ができる異母姉のような人材に出ていかれては他の皆が困ってしまう。
 だから、きっとわたしが適役。
 そりゃあ砂色の髪に榛色の瞳なんて見栄えのしない地味な容貌で、これといった特技もない。異母姉妹が花や月に例えられる中、わたしときたら砂モグラだ。
 けれど、れっきとした長の娘である。姫と呼ばれる身分なのだから先方も納得してくれるはず。
 遠い昔に神の御許に召された母上だって認めてくれるだろう。
 族長の二人目の妻だった母の生んだ子はわたし一人だけで、母の眠るお墓のことが少し気がかりではあったものの、慈愛あふれる第一夫人と面倒見のいい第三夫人が万事つつがなきよう取り計らってくれるに違いない。

 それから数日のうちに部族の上層部で話し合いが行われて、わたしが『大河に臨む常磐木』の若長に嫁ぐことが正式に決められた。
 降ってわいた縁談だが、有力な部族と誼を結べば利は大きい。たとえ相手側の酔狂であっても婚姻は契約だ。
 一族の皆はどこかほっとしたような、後ろめたいような、胸中複雑な様子でわたしに接するようになった。
 とりわけ二人の奥方は何か思うところがあるらしく、本当に輿入れを望んでいるのか執拗に問いを重ねてきたり、こちらが驚くほど甲斐甲斐しく嫁入り支度に采配を振ってくれたりと、まったくもって罪悪感がわくくらいの心配ぶりだ。
 族長の娘ラムルールゥが、『大河に臨む常磐木』の次期族長アフマドの花嫁となる。
 『まどろみを包む御影』にとってはかつてない慶事である。
 行き来する雅やかな身なりの使者たち。正式な文書が交わされ、結納の品々が届けられる。
 里の人々は寄ると触ると輿入れの話をしたがり、婚礼準備が進展する都度、燎原の火のように噂が伝わっていくようだった。
 縁談がまとまってからというもの、わたしは諸々の支度に忙殺された。
 花嫁衣裳やヴェールをはじめとする晴れ着一式の刺繍など、手先の不器用なわたしにはほとんど苦行に近い。
 奥方らに次々と指示されるあれこれをこなすだけで日々が飛ぶように過ぎていった。

 そして。

 いよいよ輿入れのために故郷を発つ朝。
 広場に集まった部族中の人々に囲まれて、わたしは父上から祝福の言葉を受けた。
「……良き架け橋となってほしい。我が部族と『大河に臨む常磐木』とでは風習も生活も大きく異なるゆえ、慣れぬうちは苦労するやもしれん。だが、そなたならきっと耐えられるだろう。『まどろみを包む御影』のために嫁ぐ覚悟を決めた、気高き長の娘なのだから」
 大仰な言い回しの寿ぎの後、あたたかい声音で添えられた激励。
 なんだか遠まわしに、まろやか風味に言ってますが、要は「部族のための結婚なんだから辛抱しろよ」っていう念押しですねー。
 わたしは返事の代わりに深く頭を垂れ、父上に礼を尽くす。
 『大河に臨む常磐木』からは、すでに数日前からお迎えの使者二人組が来ていた。これから彼らと共に花婿殿のところへと向かうのだ。
 付き添いは、父上を筆頭とした部族の主要人物五名。あちらに着いたらすぐに婚礼の儀式、そのまま宴という予定らしい。
 『まどろみを包む御影』の印旗を立てた嫁入り荷駄は、予想よりもはるかに立派で数も多かった。第一夫人と第三夫人がずいぶん張り込んでくれたようだ。

 大勢に見送られながら、最後に一度だけ振り返る。
 質素な家並み。生まれ育った小さな里。
 乾いた風が、祝い唄を歌う人々の頭巾を揺らす。

 どこまでも清冽な、空の、青。

 見慣れたはずの風景が、この時ばかりはまぶしく胸に染みた。


END