──かつて、敗戦国から降伏の証しとして皇国に献上された美しい女がいた。
本来ならば王族筋の女性が皇の妃として輿入れするところだが、激しい戦火により適齢の王侯女性が生き残っていなかったため、見目麗しく芸事に長けた楽師の娘が捧げられたのである──“献上品のひとつ”として。
彼女は皇の傍らにひととき侍り、やがて一人の娘を産んだ。
母親の命と引き換えに誕生した私生児は、取るに足らぬ存在として後宮で冷遇された。
皇国では身分の高い男が複数の妻を娶ることはごく当たり前の風習だったが、だからこそ正式な婚姻を結ばずに側に侍る妾女への風当たりはきつく、そうして生まれた庶子は厄介者としてなおのこと蔑まれる。
皇の血を引いていても同様だった。“妓女の子”“献上品の娘”と軽んじられたまま少女は成長していった。
やがて彼女のもとに政略結婚が舞い込む。妾腹の皇女は静かに受諾し、文化も生活水準も全く異なる遠国へ、粛然と嫁いでいった。
だが婚儀からいくらも経たないうちに、彼女は物言わぬ骸となって故国へ送り返されることとなる。
皇国に激しい反感を抱く強硬派の犯行だった。
面目を潰された皇国は即座に報復戦争を起こす。勢いのままに相手国を侵略し、屈服させ、完全に併呑した。
期せずしてジュムール皇国の版図は大きく広がった。
その陰で、戦の嚆矢となった皇女は密やかに葬られ……
時が過ぎた現在、その面影を偲ぶ者はほとんどいない。
END