夢想百題
009. 封印 (1)
とある日の昼下がり。
「お邪魔しま〜す」
ルリアは、同期候補生の部屋を訪ねていた。
候補生寮(男子寮)の一室である。自分の住んでいる女子寮と、基本的に構造は同じなのだが、やはりなんとなくどきどきしてしまうルリアだった。
「ルリア、今日はありがとな」
そう言って自室に彼女を迎え入れたのは、銀髪の青年──フェルン。彼が早くも軍武官に昇進し、専門官寮に移るということで、こうしてお引っ越しの手伝いに来たのである。男子寮は女人禁制なので、もちろん寮長には内緒だが。
ルームメイトは仕事か講義か、留守のようだった。ルリアは部屋を見渡し、感想を述べる。
「うわぁ〜、片付いたお部屋だね!」
「もう大体荷造り終わってるからな」
「そうだ、ドアに靴跡ついてたけど、アレどうしたの?」
「や……まあ……なんというか、足癖の悪い人が多くてなー」
「ふうん……あっ!?」
突如、ルリアの表情がぱあっと輝く。
ルリアの視線の先には、ちんまりとベッドに座った黒猫の姿。城下町でフェルンが拾い、そのまま飼い始めた子猫である。名前はプシィ。全身真っ黒な毛並みに、首輪代わりに桜色のリボンをつけているのが愛らしい。突然の来訪者に驚いたのか、金色の目を見開いている。
「可愛いっ!!」
一目散に駆け寄ると、ルリアは子猫を抱きしめた。
「やーん、ふかふか〜♪ ぬくぬく〜♪」
プシィは慄いた声を上げるが、ルリアはお構いなしに頬ずりし、可愛い可愛いを連発する。
「みゃう、みぃあ〜っ」
引っ掻くよ? 猫キックしちゃうよ? と言いたげな鳴き声。
「ルリア……猫はそういう急激な動作が嫌いだから」
「あ、そか。そうだね」
フェルンが笑ってとりなすと、ルリアは残念そうに子猫を手放した。
ばりばりばりっ。プシィはストレスを感じたらしく、壁に立てかけられた爪とぎ板で、盛んに爪をとぎ始める。
「あ、ちゃんと爪とぎ板で爪とぐんだね〜」
「まあな。爪とぎ場所を覚えさせるために、実演までして見せちゃったよ、俺」
可愛い盛りの子猫を前に、「いいか?爪はここで、こうしてとぐ。分かった?」とか何とか言いながら、爪とぎの真似をして見せるフェルン。想像すると、ちょっと笑える。
「うくっ……あははははっ☆」
堪え切れずに笑い出すルリア。
そんなルリアにぎょっとするフェルン。
この来客は怪しい奴!と判断し、警戒心を露わに部屋の隅へと避難するプシィ。
……気を取り直して、フェルンはルリアに向き直った。
「えーと。じゃ、ルリア、この棚周りの整頓を頼んでいいか? 全部そのままダンボール箱に詰め込んじゃっていいから」
「は〜い」
「俺は荷物の搬送に行くから、悪いけどよろしく頼むな」
「うん、任せといて!」
こうしてルリアは一人、フェルンの部屋で荷造りに取りかかった。
棚の整理を始めてから十数分後。
持ち主の性格通りに、棚はきちんと整えられているので、ルリアはさしたる苦労もなく順調に荷造りを進めていた。すでにあらかた片付いて、あとは棚の奥底にある数冊の書籍だけ。一気にまとめて取り出そうとして、ルリアの手がふと止まる。
「ん〜、なんだろコレ?」
並べられた参考書の奥、棚の壁側に押しつけるようにして、何やら変わったものがあるではないか。無造作に手を突っ込んで、引っ張り出してみる。
ルリアは首を傾げた。
「アルバム……?」
それは分厚いアルバムだった。
いや、単なるアルバムではない。荷造り用の頑丈な紐が縦横にぐるぐる巻かれ、ちょっとやそっとでは開くことがないように厳重に封じられているのだ。あまつさえ、『覗き見厳禁』『見ちゃダメ』『見たら泣かす』等、張り紙までついている。
棚の奥底に隠し、さらにこれほど慎重に封印されるほどの物……。怪しい。気になる。うずうず。
──いくら興味をそそる物でも、あくまで他人の私物である。見たいと思っても、普通なら躊躇いを覚えるところだろう。だが、ここにいるのはルリアだ。
(なんで、封印してあるんだろ〜?)
のほほん娘ルリアは、躊躇なくべりべりと封を解き始めた。