葛葉は目を閉じた。深く重い嘆息が漏れ出る。
人妖と人間、双方の部族の軍が全滅。そして怪異は解き放たれた。それがあの戦の
顛末ということだった。
「あれの名は殺生塚という。猛毒の怨霊を、旧き時代より封じておったのだ。鎮護などではない、封呪の石碑だったのじゃ」
絞り出した声は震えている。怒りか悲しみかも判然としない。ただもう、やるせなくて、虚しかった。
目を開けると若者と視線がかち合う。
言葉がまるで意味をなさないこともあるのだと、彼女はこのとき初めて実感した。
──… * * * …──
「行くのか」
「うむ。世話になったな」
それから数日を経て、彼女は今、面倒をみてくれた若者に別れを告げようとしていた。
「もう再び会うこともあるまいが、おぬしの顔は覚えておこう。仇敵の一族たる妾を救うてくれたこと、恩に着る」
おかげで毒気に当てられて失った力も次第に戻りつつある。
圧倒的な喪失感に耐え切れずに虚脱状態のまま幾日かを無為にしたが、泣いて泣いて泣きはらした後、今後自分が何を為すのかを見出したのだった。
──喪ったものの多さと重さ。今はまだ強いて考えないようにしているけれど、無理に押し込めて蓋をしても、いつか必ず向き合う日がやってくるだろう。痛みに触れることを先延ばしにしただけだ。
それでいい、と彼女は思った。嘆き、悼むよりも先に為すべきことが、彼女にはあるのだから。
「じゃが、あの場で妾を捨て置けぬようでは戦人には向いておらぬよ。郷里の田畑に戻るがよかろうな」
「そうだな……」
若者は、眩しげに彼女を見つめて苦笑する。柔らかな風が二人の間を通り過ぎていった。
「怨霊を追って、封じられる見込みはあるのか?」
「分からぬよ」
「分からんって、そんな」
「奴の向かった先の地脈の力具合にもよるし、月の満ち欠けや太陽の位置も絡んでくるじゃろう。その場になってみなければ断言などできぬ」
彼女が鉄扇で指し示した方角は北東。死と毒気を振りまきながら怨霊は北へ東へと進んでいるのだ。気脈の乱れを読み取れば追跡は難しくなさそうだった。
ま、そういうわけじゃから、と言って彼女は若者に歩み寄った。彼は突然間近に迫った琥珀の瞳に大いにうろたえて、その頬には見る間に朱が昇っていく。
「な、や、えっ?」
葛葉は訝しげに顔を上げた。
「なんじゃ、早う結んでくりゃれ。その編み笠、妾への餞別であろう?」
「……は」
彼女の目線はといえば、彼が手にした上品な編み笠にしっかりと注がれている。どうして早く着けてくれないのか、と心底疑問に思っているのが明らかだった。
一瞬とはいえ胸を高鳴らせた若者は、がっくり虚脱して嘆息するしかない。