夢想百題

019. 最初の冒険 (4)


「まったく訳の分からぬ奴じゃな、おぬしは。よい、自分で結ぶ」
「やらねーって! 誰もあんたにくれてやるなんて言ってないだろ!?」
 ふん、と鼻息荒く若者は編み笠を己の頭に乗せて括りつけた。
「違うたのか」
「あんたらと違って、俺たち人間は皮膚が傷みやすいんだからな。これがないと旅なんてできやしない。特に北はな」
「おぬしの郷里は南だと言うておったじゃろ」
 頓着したふうもなく言い返す彼女に、若者はそっぽを向いたまま呟いた。
「俺も、一緒に行く。あの災厄を甦らせちまったのは、うちの軍だから」
「……そうか」
 さらりと頷いた彼女を前にして、反対に若者のほうが首を傾げる。
「足手まといだ、とか、これは妾の旅だ、とか言わないのか?」
「言わぬよ。おぬしが供なら心強かろう。なにせ妾は領地の外へ出るのは初めてじゃからな。随伴を許すぞえ」
「は、初めて!?」
 あんた百歳はとうに超えてるはずじゃ、という発言はかろうじて飲み込むことに成功した若者だった。
「前途多難だな……」
「ならば長居は無用ぞ。あの忌まわしい存在は、時が経てば経つほど生命を食ろうて強大になるじゃろう。猶予はない。遅れるなよ――ええと、おぬし、名は?」
清白(せいはく)だ」
「せいはく、清白じゃな。妾は」
「名ならもう聞いてるよ、葛葉」
 きょとんとした琥珀金の双眸に、若者は寂しげに笑いかけた。
「戦場であれだけ誇り高く名乗りを上げられる奴はそうそういない。俺には一生無理だろうな」
 後半の言葉は唇の内に留まり、彼女の耳に届くことはない。清白はもう一度苦笑いを浮かべた。
「呼び捨てるとは無礼な奴じゃ」
「無礼はたいがいお互い様だろ」
「口の減らぬ随従じゃのう」
「どういたしまして」
 そうして、どちらからともなく歩き始めた。  山越えの小街道は野花に彩られ、猛毒の怨霊が解き放たれたあの日が悪い夢だったような錯覚すら覚える。しかし夢や幻などではありえず、優しかった偉大なる父はもはや亡い。一族ことごとく滅び、もはや彼女はたった一人の生き残りとなってしまった。
(妾は最後の血族。白蔵大主の娘としての責務を果たさねばならぬ)
 姫御前と崇められ、生まれた瞬間から人々の情愛を一身に受けてきた。もう亡い彼らに報いるためにも、きっと災厄を封じてみせる。
 決意と共に戦扇を握りしめ、前方を見据えた。
「ああ、そうだ」
 不意に視界が翳ったものだから、葛葉は驚いて清白を見上げた。
「やはり妾に貢ぐ気になったのか?」
「やらねーって。貸してやるんだよ。あんた無闇に目立つんだから、編み笠でもかぶっとけ」
 清白の横顔を見上げ、彼女は小さく微笑んだ。
(なんの因果か、妙な連れもできおった。父上のお計らいじゃろうか)
 編み笠を押しやった清白は、彼女を追い越してどんどん先へと進んでいく。あらぬ方に視線をやって、しかめっ面を貼りつけたまま。それがなんだかおかしくて、彼女は背中に向かって声を上げた。
「目立つというなら姿を変えよう。ほれ、これでどうじゃ」
「げっ、道端で妖術を使うなよ!」
「なんの変哲もない婆に見えるじゃろう?」
「婆は山越えの旅なんぞしねえよ!」
「む、そうか。ならば旅芸人がよかろうな」
「ころころ化けるな、この女狐ぇー!」
 悲鳴に近い清白の罵声が山野に響き渡る。彼女は鷹揚に笑って取り合わない。


 季節は春。かくして二人の怨霊封じの旅は始まったのだった。



イラスト:六花様


END


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