吹き抜けの大広間は、天人国独特の優美なものだった。
熟練の宮廷楽師団が奏でていた麗しい楽曲はぶつりと絶え、一瞬にして異様な空気が垂れ込める。
エーギルの前には倒れ伏した天人王ミカエルと、その嫡男。刃から滴る赤……赤、赤。
「これは報い。八年前から王の片割れは眠り続けたまま、もはや目覚めない」
己が呟いた言葉を、エーギルはどこか遠いところで客観的に聞いていた。
報い。それは海人王が育てた彼女の呪詛だ。エーギルの想いではない。けれども今こうして血臭の中に佇んで、耳の奥にこだまするのは伯母の悲しい怨嗟の声ばかりだった。
瞬く間に広間に満ちた悲鳴と怒号の中、夜会の主役である少女がこちらを見つめている。蒼白になって立ち竦み、双眸を見開いて。信じがたいものを見る眼差しで。
とても懐かしい、その蒼。エーギルが繰り返し脳裏に思い描いていた娘だった。
『お初にお目にかかります。お会いできて光栄ですわ、総帥閣下』
彼女はエーギルを憶えていないようだった。今しがた交わした言葉はごくわずか。それでも清らかな声が耳に心地よかった。胸が締めつけられる。彼女から目をそらせない。
“会いたかった”
囁きは、きっと彼女に届いていない。かまわなかった。
後先のことを考えなくなって久しい己に芽生えたもの。今宵の血で封じられた、ささやかな想い。
引き延ばされた最後の一瞬、視線が触れあった。今にも泣き出しそうな表情をしている。
青ざめた頬へ手をさしのべれば届きそうな距離だというのに、なぜだろう、やはり彼女の存在はひどく遠い。遠すぎて、まるで夢のようにかすんでいく。
共に往くことができるとは……思われなかった。