内殿の中、東雲ノ宮にほど近い露台に舞い降りて、後から降り立つルゥのために手を貸した時分には、すでに王宮は薄紅色の
紗に優しく覆われていた。
二人して物思いにふけってしまったおかげで、今日はいつになく帰りが遅くなったようだ。室内へと戻るルゥの白翼もまた、淡く黄昏に色づいている。
「お兄様」
先に歩き出すはずのルゥが、立ち止まってこちらを見上げた。
風渡る丘の上で王都を見つめていた、彼女の静かな眼差しが脳裏によみがえる。
平生よりも張り詰められた声。涼やかな目元に浮んでいるのは、不安──迷い──心細さ。
何か言いたそうに唇がかすかに動いたものの、どうしても言葉が出てこないようだった。戸惑ったような表情からして、はっきりと言い表せる類のものではないのだろう。
オレは言葉を促さなかった。彼女が言いよどんでいる内容を探り当てようともせず、黙したまま、ただ佇む。
何も言えない。言えなかったのだ。
どれほど親身になって尽くしても、ルゥの抱えた重責を等しく分かち合うことはできない。
それはおそらく夫君となる男にのみ果たせる役目であって、従兄の役目ではないから。たとえ身を削るほどに望んだとしても、臣籍にある近衛兵団長の出る幕ではないのだと、改めて思い知らされるのはこういう瞬間だった。
ルゥをもっと、楽にしてあげたいのに。ひどく思い詰めた姿を目の当たりにしながら、他ならぬ自分がなんの助けにもなってやれないのはたまらない。
ルゥにはいつまでも健やかに笑っていてほしい。陰りなく、のびのびと、木漏れ日の下で頭を寄せ合って眠りに落ちた、あの平和な懐かしい日々のように。
「ルゥ」
軋む心を持て余し、かける言葉を探しあぐねた末。
オレはそっと手をさしのべた。
武芸の鍛錬ですっかり硬くなった利き手と、頭ひとつぶんは高い位置にあるオレの顔とを、ルゥがじっと見つめてくる。青空の色、鮮やかな雲上世界の色、至高の天藍色に彩られた瞳。
やがて、ためらいがちに指先が重ねられた。握りしめたその手は、遠い日の記憶よりもしっとりと滑らかで、はっとするほど華奢だった。
触れ合った肌があたたかい。言葉にならない想いの数々は、互いの掌からゆるゆると溶けて伝わっていくような気さえする。
「お兄様……ありがとう……」
くしゃりと歪んだ面差しを隠すように、ルゥがうつむいた。
胸に押し当てられる従妹の額。風に乱されたままの金髪と、その背に伸びた雪白の翼が、かけがえのないもの全てを象徴しているかのようだった。
ずっと傍にいる。
それがオレの、ルゥのためにできること。