夢想百題
025. 散歩 (3)
八年前。世界中を疲弊させた大戦の終盤に、ルゥは敵の手中に捕らわれた。
混乱する戦局のただなかにあって、海人の本国に連れ去られたらしいと分かるなり、オレは武器をひっ掴んで翼を打ち広げた。ルゥを取り戻す。その一念だけが全身に熱力を与え、未だ伸びきっていなかった己の手足のことも、敵の本拠地に単身潜入する危険性も、何もかもが脳裏から抜け落ちた。
いま思い返すと半狂乱としか言いようがない。けど、即刻行動を起こしたからこそ間に合った。それもまた事実だ。もしもあのとき近衛兵の到着を待っていたら──考えただけで背筋が寒くなる。
囚われの従妹を敵地で見出した、あの瞬間ほど、血の凍る思いをしたたかに味わわされたことはない。身体中の臓腑を万力で握り潰されたような心地だった。なぜなら争乱の果てに再び腕に抱いたルゥは、ぐったりと四肢を投げ出したまま身動きもできない状態だったのだから。
震えのとまらない指先。ふっくらと白桃のようだった頬が青白く冷え、金色の髪は乱れて血に濡れていた。一体どれほどの酷い扱いを受けたのだろうか。ろくに口もきけない有様のルゥに応急処置を施し、追いかけてきた近衛兵の小隊と合流すると、脇目もふらず母国に連れ帰ったのである。
王侯女性、しかも七歳の誕生日を迎えてもいない子どもに対して、正視に耐えない信じがたい仕打ちだった。
それからルゥは高熱にうなされ、宮廷医師団の手厚い看護にもかかわらず、意識の戻らない日が何昼夜も続いた。
寝台の傍らで小さな手を握りしめて、オレはただひたすらに祈った。奇跡をもたらす天女とも、法願使いの始祖とも言い伝えられる“雲上世界の女神”を胸中に思い描き、自分の無力を痛いほど噛みしめながら、一心に祈ることしかできなかったのだ。
幾年月とも思えるような苦悶の日々の末、不意にルゥの青空色の瞳が何度もまたたいて、やがてオレの顔の上でしっかりと焦点を結んだときは、とうとう溢れ出した涙をこらえ切れなかった。
あっという間に顔中が熱い雫にまみれてぐしゃぐしゃになる。涙腺が壊れたみたいで自分でも戸惑ったけれど、どうしようもなかった。
そっと頬を拭ってくれる柔らかな指の感触。安堵したように微笑む幼い従妹。その笑顔が愛おしくて、何よりも尊くて……思わずルゥを抱き寄せた。
このぬくもりが失われるなど、決してあってはならないことだった。
ルゥ。大切なのは、守りたいのは、この小さな従妹だ。
そのとき、自分の中で、何かがはっきりと形を成していくのが感じられた。
暗雲を払って広がりゆく暁にも似た、まばゆい光。おぼろげだった目の前が突如として開け、胸の一番底へ、熱くて確かな想いがゆっくりと染み通っていく。
霧の中を迷い迷い飛んだ末に、ようやっと懐かしい風景を鮮明に見渡せたような思いだった。