「先程の連中じゃが、なにゆえあのように不埒な真似をしおったのかのう」
「そりゃあ葛葉、あんたが丁度いい獲物に見えたからだろうよ。たぶん、その髪のせいだな」
どういう意味だろう。葛葉は首を傾げた。無骨な青年は、何やら間違って苦いものを口に放り込んでしまったような表情をしている。
「ここらの人間はだいたい黒っぽい髪をしてるもんだが、特殊な生業に就いている者だけは髪の色を染める慣わしがあるんだ。
神楽女だとか、その、いわゆる
商売女(とかな。そういうのと間違えられたんだろう。山賊連中にしてみれば、いかにも何か事情のありそうな女が単独で、人目を避けるようにして山越えの道を登ってきた、ってわけだ」
「ほう。役目によって髪を染める、と。外見ですぐさま見分けがつくのじゃな。なるほど」
大いに納得した葛葉の、炎を挟んだ向かい側で、清白がふっと眼差しを伏せた。
「……すまない。俺が迂闊だった。まさか山賊が出るとは思わなくて」
一人にして悪かった、と下げられた頭。こめかみの辺りを覆った黒髪が、その動きに従いさらりと流れる。柔らかそうな髪。葛葉は微笑んだ。
「なにを謝る必要がある? 怪我もせなんだし、そなたのおかげで銭や荷を盗られることなく済んだのじゃ。なに、あの者らの反応のことならば心配は無用ぞえ。気にしてなどおらぬよしに」
編み笠で覆い隠されていた素顔があらわになった途端、賊徒たちはひどく驚いて一様に畏怖の悲鳴を上げた。葛葉の一族と衝突を繰り返していた清白の部族と違って、ここら一帯の人間は人妖という種族に慣れていないことが窺える。
そう考えると、清白はいかにも貴重な存在だった。
白蔵大主を筆頭とする天狐一族とはもともと敵対関係にあったというのに、敵総大将の愛娘である葛葉を、毒気に汚染された城内から単身で救い出し、手厚い看護を施した上に、怨霊封じの旅に自ら進んで同行しているのだ。底抜けのお人好しか、並外れて責任感が強いのか──おそらくはその両方。多少口は悪いけれど、変に身構えることなく自然体で接してくれるのが葛葉にはありがたかった。
二人は黙々と食事をとり、後始末を済ませる。
揺らめく炎。どこか遠くで
梟(が鳴いている。虫の声。
夜間に焚き火を絶やさないよう交代で仮眠をとるのだが、葛葉はなんとなく眠りがたい気分を持て余していた。
もたれかかっている桜の大木が、嫣然たる花霞となって夜陰を彩っているからかもしれない。見事な夜桜だ。軽い酩酊感にも似た感傷が、じんわりと胸中に広がっていく。
やがて、雲隠れしていた満月が東の空に真珠のような顔を覗かせたとき、その光景は夢幻的な紗を帯びて二人の前に姿を現したのだった。
満開の桜。はらはらと舞う花片。根強く茂った草蔓と、澄んだ風。清雅な望月に照らされた、命のありか。
まるで、見えざる誰かが無言で教えてくれているかのようだ。この地はまだ無事だ、生きているのだ、と。
言葉は出てこない。必要もなかった。
心地よい沈黙に身を浸して、葛葉と清白はただ満天の桜を仰ぎ見ていた。
怨霊封じの鍵は、山を越えた向こう、火明の系譜のもとに。
つかの間の静けさが、心の隅々にまで染み渡っていくようだった。
END