可愛らしい包みを抱え、店を出た瞬間だった。
道端に奇妙な人だかり──先程まではなかった剣呑な雰囲気。
(なんだ……?)
敏感に異変を感じ取ったエルガーは、足早にそちらへと向かう。
「他人様にぶつかっといて、謝りもしねェのか?」
「んだと、ぶつかってきたのはそっちじゃねえか!」
呂律の怪しいやりとりが聞こえてくる。罵声。それだけで、おおよその事情は推察できた。
おまけに、怒鳴り合っている男二人からは強烈な酒気が漂ってくる。飲んだ挙句の諍いだろう。よくあることだ。辺りに集まった人々は皆一様に、止めに入るのをためらっているようだった。
「みっともねーな。大の男が、こんな往来で」
エルガーが嘆息しながら呟くと、酔漢二名はそっくり同じ仕草で振り返った。酒に濁った眼差し。それを直視して、エルガーはため息をつく。
酒は飲んでも呑まれるな。己の分量を弁えずに飲み、泥酔した挙句に大通りで喧嘩など、迷惑以外のなにものでもない。こういう輩がいるから、酒を好む者はむやみに白眼視されてしまうのだ。無類の酒好きを自負するエルガーには、それが許せなかった。
「なんだと……」
「もっぺん言ってみろや」
「みっともねえ、って言ったんだよ。ついでに、アンタらよく恥ずかしくないな、情けない。正しい酒の飲み方を知らねえなら最初から飲むな、とも言いたいぞ」
この発言で、矛先は完全にエルガーへ向けられた。
「こンの若造っ」
「黙ってりゃ言いたいこと言いやがって!」
「おいおいオッサン、『もう一回言え』って言ったのはアンタだろ」
混ぜっ返すと、酔っ払い二人組は怒り心頭に達したらしい。沸点の低い奴らだ。同時に、しかし全くばらばらに殴りかかってきた。
「うらアっ!」
「おおおっ!」
気合いはともかくとして、所詮は酒に絡め取られた身体である。振り上げる腕は震え、足元はおぼつかない。
対するエルガーは元軍人。現在とて、荒事担当である≪クリスタロス≫三課の技能員として、鍛錬は欠かしていない。荷物を放り出して、腕を一振り、続いてちょいと足払い。
たったそれだけの動作で、酔漢二人は見事地面に倒れるはめになった。うめき声を上げているが、単に衝撃で目を回しただけ。外傷は皆無だ。
一拍置いて、周囲から歓声が上がる。
「ったく、もっと楽しく酔えよな」
二人を見下ろすエルガー。その時ふと、何かが視界に入った。
大地に四肢を投げ出してひっくり返った男の、背中の下。くしゃくしゃに汚れた、見覚えのある包装紙。
「…………うあッ!」
買ったばかりの焼き菓子は、完膚なきまでに潰れていた。
顔面蒼白になったエルガーは、とっさに店の方を振り返る。いつの間にか、半ばまで下ろされた鎧戸。そこに貼られた張り紙には──
『本日は閉店致しました』
「ああああああーッ!!」
エルガーの悲痛な声が、商店街にこだました。
「……そう。なら仕方ないわね」
ことの経緯を聞いたティキュは、エルガーに小さく笑む。かつて劇団≪白鳥庭園≫の華と讃えられた、輝かんばかりの笑顔である。
ただしその顔の前には、ぐっ、と握られたティキュ自身の拳があった。笑顔のまま、制裁は下される。
「天誅ぅううーッ!!」
「ぐはあーっ!」
END