焚き火の中の木片が爆ぜる。もう眠れそうになかった。
黙って炎を見つめていると、思い浮かんでくるのはあの獣人のことばかりだった。
本当にもとは人間だとしたら、一体どんな人生を送っていたのだろうか。
穢れた力を取り込んでヒト以外の存在になり果てたのは、自らの意思だったのか。
衣服は破れてボロボロだったけれど、もとはきちんと仕立てられたものだったに違いない。
きっと家族もいただろうに。
「それにしても、あんたって物知りなんだな。意外だ」
「意外とはなんだ、失敬な奴め。ワシはこう見えてもお前さんの七十倍は生きてるんだからなっ」
「七十倍……。年の功か」
「そうだぞ。敬いやがれ」
やはり清白も眠気が飛んでしまったのだろう。雲取と益体のない言葉を交わし出した。
と、雲取がこちらをぱっと振り向いた。何かを思いついた顔だ。
「さっきの獣人を追い払えたのは、ワシの的確な助言のおかげだよな?」
ふっふっふっ、という不気味な笑い声と共にそんなことを言い出した。鴉天狗は得意満面の表情で高らかに宣言する。
「貸し、だからなっ!」
言い渡された葛葉と清白は絶句したが、雲取は二人の反応には頓着しなかった。
「やー、お前さんがた二人とも獣人を知らなかったようだし、戸惑ったのは無理もねえよ。うん。だがまあ、貸しは貸し、借りは借りだ。それともまさか、誇り高き天狐殿ともあろう者が、借りをなかったことにするつもりじゃあねーよな? 清白、お前さんも刀遣いだったらその刀に懸けて借りは返すもんだろ?」
というわけで、と鴉天狗は得意げに背の翼を広げた。炎を映していきいきと輝く苔色の瞳。どうしてこいつの口はこんなにもよく動くのだろう。
「ワシがついて行くことに異存はない、よなっ? うんうん、あるはずがない。あるもんか。なっ!」
勝ち誇って自己完結した雲取を、たっぷり十数秒見つめて。葛葉はようやく声を絞り出した。
「悪知恵が働きよる……」
「なにが悪知恵なもんか。ワシはお前さんがたが気に入ったんだ。腕比べとか飲み比べとか、とにかくいろんな勝負をしたい。んで、お前さんがたは怨霊封じなんてとんでもねえ使命を抱えてる、ときたもんだ。だったら一緒に行って手伝ってやるっての。頭数は多いほうがいいんじゃねーの? まあ合間で勝負は仕掛けるけどよ、もちろん」
「仕掛けるのかよ……」
「そのよくまわる口を縫いつけてやりたいのう……」
げんなりと呟き、二人は顔を見合わせた。もう仕方がない、犬に噛まれたとでも思うことにするしかないだろう。
「里に入ったら干し肉を補充せねばならぬな」
「煎餅と乾菓子はたっぷりあるから、当面それで済ませるか」
「あ、無視しやがって。おいコラ流すなー!」
他愛ない会話は夜明けまで続いたのだった。
END