夢想百題
037. 魔女と魔法使い (4)
よっしゃ片方倒したっ!
残った(吽)の体力も七割程度まで減っているし、このまま無傷でクエスト達成なるか!?
そんな楽観的な考えが脳裏をよぎった瞬間、(吽)が異様な動きを見せた。
空中に浮き上がり、禍々しい炎を纏う尾をぴんと伸ばして、倒れた同胞の周りを軽やかに駆ける。火の粉をふりまきながら、まるで舞うように。
──と、信じがたいことが起きた。
体力がゼロになって戦闘不能になったはずの(阿)が、むっくりと身体を起こしたのである。しかも体力はフルゲージに回復して。相棒の炎が、片割れを甦らせたとしか思えない光景だった。
唖然としてしまったあたしとヨシノだったけれど、二匹が再び襲ってきて我に返った。慌てて杖を操り魔法を繰り出す。
(吽)は回復役なのか?
その疑問はすぐに解決した。(吽)を倒した途端、今度は(阿)が同じようにして相棒を復活させたのだ。
うっわー。なにコレ。厄介だな!
あたしは必死に思考を巡らせながらグリンダを操作する。
もしも復活回数が決まっているなら、甦ってこなくなるまで何度も倒せばいい。でもそうなるとこちらの残り体力が若干不安だ。無駄遣いは避けるべきだ。
考えろ、考えろ。
一定のパターンを踏んで倒さないと勝てない敵もいる。けど、この火貂の場合はどっちを先に倒しても残ったほうが相棒を復活させてしまう……ということは……
阿と吽……阿吽……、
瞬間、脳裏によぎるものがあった。神社の狛犬だ。
二つでひとつ?
〔二匹同時に倒してみよう!〕
閃いた勢いのままヨシノに話しかけると、すぐさま返事がきた。
〔今それ言おうと思った〕
〔試してみる価値はありそうだよね〕
〔わたしは(阿)〕
〔なら(吽)は任せて。ぎりぎりまで体力削ってタイミング合わせよう〕
〔了解〕
二対二から、一対一×二に。
ヨシノは圧倒的な魔力に物を言わせて魔法を連発するのは容易いだろう。でも二匹同時に倒すとなると、ちょっとは手加減してもらわなくちゃね。悔しいことに、グリンダの力はヨシノに及ばないのだから。
手加減しているうちに反撃されて大打撃、なんてことになったら目も当てられないけれど、ヨシノは敵の炎攻撃を回避するよりも防御魔法で弾く戦法をとっている。魔女は素早さと体力が低めだから魔法を使ったほうが確実なのだろう。このぶんなら心配なさそうだ。
火貂と距離を取りつつ水魔法を放つ。絶えず流れる音楽のせいでどうしても気持ちが急くけれど、大丈夫、焦らなくていい。やりすぎないよう慎重に。
あと一撃で倒せるというところまで(吽)の体力を削り、ヨシノを振り返ると、彼女はとうに(阿)を瀕死に仕立て上げていた。
〔準備はいい?〕
〔お待たせ。じゃ、やってみよう!〕
ヨシノの扇とグリンダの杖が光を宿し、魔力が凝る。万一にも仕損じることのないよう出力を上げて……撃つ!
水飛沫の乱舞。
一瞬にして画面を覆い尽くす水の暴威。
響き渡る二重の断末魔。
あたしとヨシノが期待を込めて見守る中、徐々に水が引いていく。やがて晴れた視界には、一対の火貂の姿はどこにも見当たらなかった。
……あたしたちの勝利、だ。軽快なメロディがクエスト達成を報せてくれる。
やー、気持ちいい!
なんだろうこの爽快感。自分の考えがぴしゃりと的を射て事態が好転するって、すっごく気分がいいことなんだ。ちっとも知らなかった。
難解な数式が解けたときや、核心に迫るような仮説を思いついたときなんかに似ている、かもしれない。
気持ちよく浸るあたしをよそに、ヨシノは祠に近づくと、その傍らに茂る植物を一振り、ひょいと切り落とした。
無言で手渡された枝には、濃い緑の葉と小さな赤い実がたくさんついている。え、これあたしにくれるの?
所持品リストから詳細を見てみる。
【ナンテン】……キーアイテム。難を転じて福と成すという言い伝えがある。
きっ、キーアイテムですとォォォ!?
仰天したあたしがヨシノに話しかけようとしたのだけれど、彼女はさっさと背を向けて歩き出してしまう。
〔ありがとう、ほんとにもらっちゃっていいのかな。ねえ、これってクラスチェンジ用のアイテム? だよね?〕
そこから森の出口までメッセージをいくら送ってもヨシノは応えてくれず、つきまとうグリンダをうるさそうにあしらうだけだった。しょんぼりだよ……。
森を抜け、交易の街が見えてきたところになって突然ヨシノが振り返り、言った。
〔自分で考えろ。答えだけ教えてもらおうとするな。このゲームの公式攻略本が出ない理由を知らないのか?〕
凍りついたように動きをとめたグリンダに、艶麗なる魔女は真正面から言葉を投げる。
〔ゲームのコンセプトを思い出せ。──じゃあ、ね〕
言い置いて、ヨシノは光の渦と共に姿を消してしまった。
転移魔法を使ったのだろう。あれだけの戦いのあとで、まだそんな魔力に余裕があったのか。
彼女のいた場所を呆然と見つめながら、あたしはいつまでもそこから動くことができなかった。