ヨシノとは週に一、二度の頻度で遭遇できた。
それまで全く会わなかったのが不思議なくらい、彼女は頻繁に交易の街に出没している。『天馬のしっぽ亭』に姿を見せることも多い。交流スポットにいるくせに他人と関わりを持つでもなく、どうやら単に周囲のキャラクターを眺めているだけのようだった。
ただ時間帯はばらばらで、お昼近くに見かけることもあれば夕方や深夜に姿を見せることもある。プレイヤーはあたしと同じく夏休み中の学生かも、と思った。
ヨシノの艶やかなアバターが画面に映り込む都度、あたしは条件反射のように話しかけてしまう。仲間探しはそっちのけだ。何回アタックしても冷たくあしらわれるんだけれど、どうにもこうにも諦めきれなくて。
〔まとわりつくのはやめて。子犬じゃあるまいし〕
うう、そんなこと言われましても。
ヨシノのプレイヤーは意地悪だ。こんなにも頼み込んでいるのに全然相手にしてくれない。しかもさらりとわんこ呼ばわりですか……。絶対零度、取りつく島なし。そんなに邪険に追い払わなくたっていいだろうに。
ヨシノはぷいっと向きを変えて歩き始めた。
〔どこへ行くの?〕
どうせ答えてくれないんだろうな。そう思いながらも話しかけてみると、予想外に返信があった。
〔炎呪ノ森。クエストに入る〕
おや。
このゲームに固定シナリオは存在しない。代わりにランダム発生する無数の小さなイベントを、プレイヤーが自由にフィールドを動き回ってこなしていくのだ。クエストをスルーすることもできるけれど、経験から言ってアイテムが手に入る確率が高いからあたしはなるべく消化するようにしていた。
ヨシノは何らかのフラグに当たってクエストが発動したのだろう。
彼女が腰を上げるほどのクエストとは一体どんなものなのか、興味がわいてくる。
〔あたしも一緒に行く〕
とっさにそんなメッセージを送ってしまった。我ながら驚きだ。
行き先を教えてもらえて、嬉しかったのかもしれない。
それにしても「一緒に行っていい?」と訊かなかったのは我ながら賢明だった。そんな訊き方をしたら無残に断られるに違いないから。
ヨシノはしばらく沈黙したあとこう言った。
〔好きにすればいい〕
やったあ。好きにさせてもらいますとも。
喜び勇んで装備と持ち物を整え、ヨシノにくっついて交易の街を後にする。
一歩外に出れば魔物や盗賊が徘徊するバトルフィールドだ。もちろん炎呪ノ森にも敵が出る。いくらキャラのレベルが高いとはいえ、体力やステータス異常を回復するアイテムは必需品だった。
あーあ、ヨシノはステータス異常を気にしないで済むんだよね。ほんっと羨ましいなあ魔女。
『オズの魔法使い』に出てくる善き魔女からグリンダの名前を拝借したというのに、いつまでも下級クラスのままでは名前負けもいいところだ。
早くクラスチェンジさせたいという思いは募るばかりだった。
──… * * * …──
ヨシノの強さは圧倒的だった。
街の近くに出現するザコ魔物なんかはほとんど一撃で退けられる。きらびやかな刺繍の色内掛を纏い、舞扇を優雅にひらめかせて魔法を操るその様子は迫力満点で、思わず戦闘中だってことを忘れそうになる。
つい、ため息が出た。絵になるなあ。
クエストの内容はといえば、単純明快、炎呪ノ森に巣食う魔物の親玉を退治することだった。
炎呪ノ森は、その名のとおり、呪われた炎がそこかしこに渦巻く魔境。薄暗い森を赤く照らすグラフィックがなんとも不気味だ。
ときおり低レベルのパーティでは歯が立たないような火属性の魔物が現れるけれど、ヨシノとグリンダにかかればまったく相手にならない。複雑に分岐した道でも、探知の魔法が効くので迷子になることもなく、二人は順調に奥深くへと踏み込んでいった。
立ちふさがる敵を薙ぎ払い、
祠のあるマップへと足を踏み入れた途端、BGMがふっと消える。
画面いっぱいに現れたのは炎の魔物。今まで倒してきたやつとは見るからに格が違う、巨大で凶悪的な二匹だ。
表示された名前は火貂(阿)と(吽)。ボス戦用の緊迫したBGMを確認するまでもなく、こいつらがクエスト達成条件の親玉であると分かった。
牙を剥き、雄叫びを上げる二匹。襲いかかってきたのも同時だった。
戦闘が始まるや否や、ヨシノは水系魔法を打ち出した。(阿)が悲鳴を上げてのけぞる。森に出てきた他の魔物と同じく水に弱いのだ。
あたしもヨシノが狙ったほうの火貂めがけて魔法を放つ。螺旋を描き、水のつぶてが勢い良く飛んでいく。
敵が怯んだところへ再び降り注ぐヨシノの魔法。飛沫を散らして派手な水柱が広がり、狙った火貂を頭から呑み込む。同時にその攻撃は、炎の息を吐き出そうとしていたもう一匹への牽制にもなった。
ヨシノはずいぶんと戦い慣れているらしい。それも、ひとりで複数の敵を相手取ることに慣れている。
響き渡る断末魔。土煙とともに火貂(阿)が地に倒れ臥す。