異端者たちの夜想曲

林原将 (5)


「……そうだね」
 将は最小限のコメントを残して、もうその話題は忘れたフリをした。なぜなら、どうしても思わずにはいられなかったから。
(オレを拾ったのは、戸籍に利用価値があるからなのか)
 胸の奥深くから、黒い塊がぞわりと浮上してくる。
(そうだ。考えなくても分かる。当然だ)
 ルソンのように暗黒社会に片足を突っ込んでいるような奴が、利益計算なしに子どもを拾ったりするわけがない。
(「日本国籍は売り物になる」って、前に言ってたじゃないか──)
 ほどなくして、ルソンは高いびきをかき始めた。相変わらずだ。いつでもどこでもオヤスミ三秒。寝つきと寝起きがよくなければ、こんな生活は続けられないのだろう。
 すっかり聞き慣れたその騒音をBGMに、将は再び心が冷えていくのを自覚した。


 その日以来、将は自戒の念を新たにして生活するようになった。
 いつ捨てられても、手酷く裏切られても大丈夫なように、心の冬支度をしたのである。
 実の親が子を捨て、子が親を殺すような世の中だ。殺人、強盗、脅迫、窃盗、強姦……世界は悪意に満ちている。何が起こっても不思議ではない。
 何度も自分に言い聞かせてきた。繰り返し、繰り返し。
 油断しそうになったら、あの家で受けた仕打ちを思い出した。暴力をふるう父、自己憐憫に溺れる母、無関心な姉。将は生きていくために、心に防弾服を重ね着するしかなかった。
 張り巡らされた鉄壁。その内側にいる限り、心が致命的に傷つくことはない。どんなことがあっても、受ける衝撃は最小限に食い止められる。

──… * * * …──

衝撃は、突然にやってきた。

ルソンの失踪。

 ……ほらな?
 言わんこっちゃない。誰だって自分が一番可愛いんだ。
 都合のいい時だけ手を差し伸べてきて、ヤバくなったら放り出す。
 当然。そう、当然だ。この世界じゃ、それがアタリマエ。オレがルソンでも、きっとそうするに違いないから。
 だから、オレはアンタを憎んじゃいない。
 オレが心底怨めしいと思うのは──世界、そのもの。それだけだ。


 おそらくルソンは、仕事に失敗したのだろう。
 マフィア連中の機嫌を損ねたのかもしれないし、迂闊にも地下組織のしっぽを踏んづけたのかもしれない。とにかく確かなのは、ルソンはもうこの街で稼げない、ということだけだった。
 二人で住んでいたアパートには変な奴らが押しかけて来るし、終いにはあらぬ疑いまでかけられたので、将は辟易して数日のうちにそこを出た。
 時は十二月。冬の寒空は否応なしに実家を飛び出した時を思い出させたが、あの頃とは違う。この二年で将は様々なことを学んだ。
 そう、ルソンには感謝すべきなのだろう。彼は身をもって『独りで生きてゆくすべ』を教えてくれた。
 こうして将は十六歳の身空で、住所不定・無職のいわゆるホームレスとなったのである。