異端者たちの夜想曲

月城雪 (3)


「こういう精神感応系の能力は、ピンキリだからね。一概には言えないんだけど」
 前置きしてサルビアが説明したところによると、接触テレパスとは精神感応の一種で、『触れた相手の考えや気持ちを感じ取ることができる』能力者のことを指すのだという。
 精神感応、などと言うと物凄い力のようだが、このテの能力は極めて個人差が激しい。最低ランクは『相手の気持ちがなんとなく分かる』というレベルに過ぎないが、『相手の思考を読み取り、その精神状態に干渉することができる』という悪魔のように強力な能力者も存在するらしい。
「つーことは、もし触れられたら、心の中が筒抜けってわけか?」
 唸る悠二に、サルビアが軽く微笑みかけた。
「いえ、そうでもないわ。調査によるとターゲットは、どうやらごく弱い、最低ランクに近い方の能力者だそうよ。筒抜けとまではいかないでしょうね」
「じゃ、とにかく手の届く範囲に入らなきゃいいんだな」
「ええ……そう、ね」
 将の明快な発言に、サルビアは曖昧に頷いた。
 ≪桜花≫に──“夜刀”に入って以来、将はとかく物事を単純化させたがる傾向がますます強くなっている。それがサルビアには気になるのだ。しかし自分の取るべきスタンスを確認しているようにも思えるので、彼女としては何も言及できないのだった。
 思考の海に入り込んだサルビアを置き去りにして、“夜刀”の作戦会議は続く。
「手の届く範囲内がダメってことは、ショウは今回出番なしだな」
「そうだな」
「ホンット上達しないもんなァ、お前さんの狙撃術。ユキちゃんに直接教わったくせに」
「るせ」
「……んじゃ、今回は狙撃?」
 作戦決定権はリーダーにある。黙したまま書類に目を通していた少女は、悠二の問いを受けて顔を上げた。
 任務時には闇色の着衣を一寸の隙もなく纏っている彼女だが、この夜は課外授業にでも参加していたのだろう、通っている高校の制服姿のままだった。
 蘇芳色のリボンにプリーツスカート。紺色のジャケットの胸に、金糸で繊細に描かれた校章──近くにある都立進学校のものである。
 悠二も将も、雪の制服姿を見るのは初めてではないのだが、将などは未だに強烈な違和感を覚えてしまう。サルビアのスーツ姿がこれ以上ない程に馴染んでいるのに対して、雪のブレザー姿というのは、どうにも受容の範疇外というか、突拍子もないというか。エーデルワイスとしての名声と、彼女につきまとう超然たるイメージ、それらが将の中で『制服』と共存し得ず、そぐわないと感じてしまうのである。
 任務の一環で潜入しているのだ、と言われたらすんなり納得できるのだが。
 最上級の闇技能者が、一介の高校生として学校に通っているというのは、不自然というより性質の悪い冗談のようにも思われた。
「そうですね。今回は遠隔狙撃でいきましょう」
 雪は再び書類に視線を落とした。群青色の目が、無機質な文字の上を滑るように移動する。資料を読み直しつつ、任務手順をシミュレートしているのだろう。
 そういう時は誰も雪に話しかけたりはせず、悠二と将も示し合わせたように無駄口をやめる。彼女の妨げになってはならないのだ。
 与えられた情報を使いこなし、いかに円滑に目的を果たすか──そういった専門的訓練を徹底的に受けた彼女は、ある時は大胆な、またある時は緻密な作戦を打ち出して、ことごとく成功を収めてきた。
 実績は彼女の地位をさらに不動のものにし、≪桜花≫の人間に心強さを、そして地下世界で蠢く咎人たちには多大な恐怖を与えた。
 いわく、闇技術のスペシャリスト。暗殺のプロフェッショナル。
 そんな少女の立案に絶大な信頼を寄せている悠二らは、黙って彼女の発言を待った。
 それから雪は、狙撃ポイントと逃走ルートを淡々と指定し、ターゲットの日程に照らし合わせて任務開始の日時を定めた。
「ターゲットは購入したばかりのマンション最上階に一人で住んでいます。オートロック式ですが、その他のセキュリティは一切なし。防弾ガラスも使っていないので、隣接する建物からの狙撃が可能です」
 雪は静かに告げる。
「帰宅後数時間経つのを待って、任務開始」
 暗殺といっても、ただ標的を殺せばいいというわけではない。誰かに犯行を目撃されてはならないし、無関係の人間を巻き込むのももちろんご法度。もし事件が表沙汰になったとしても、『裏』の世界の存在を一般人に気づかせてしまうような証拠を残してはならないのだ。
 そして任務を滞りなく遂行するため、三人は常に役割を分担する。今回の場合、射的の得意な悠二は空気銃にコルク栓を詰めて撃ち、標的を窓際におびき出す役を担う。狩猟にも使う大口径銃でターゲットを狙撃するのは、もちろん雪。そして将の確保しておいたルートで現場から逃走する、という手筈である。