異端者たちの夜想曲

蠢動 (4)


「でも、何の考えもなしにコロッと乗ってくるような奴じゃ、大した役には立たないでしょう。そのくらい小賢しくて丁度良い、と思うけど」
 口を挟んだのは、助手席でだるそうに頬杖をついていた夏木。ココア色の髪を軽く弄いながら、実に素っ気無く意見した。
「そうだな。建前と本音が違うのは日本人の特徴とも言うし」
 宮乃木との対談を終えた三人は、帰りの道すがら、当面の協力者となる若手官僚に関して活発に話し合っていた。
 “白虎”は少数精鋭の尖兵部隊である。そのメンバーが三人きりである以上、いかに有機的に動き、状況を有利に活用できるかが重要になってくる。そのため、仲間内での意見や情報交換は疎かにできないのである。
 コミュニケーション重視──実のところ、“白虎”が全員異能者で構成される一番の理由もそこにあった。『特異な能力を持っている』という共通点があれば団結しやすい、というわけである。
 シュリッツは精神感応、シュナイツァーは未来予知、夏木は念力発火。それぞれ、本来ならば人に備わることのない『力』を背負っている面々であった。
 信号に足止めを食らわされたところで、シュナイツァーが後ろを振り返って訊ねた。
「奴は、どれくらい使えると思う?」
「それなりだろう。野心はあるから、まあ……使い方次第だな」
「そうか。では、事前の計画通りでいいわけだな」
「ああ。日本の地下もだいぶ騒がしくなってきたことだし、根回しは完了だろう」
「では、上にもそう連絡しておこう」
 それきり、車内のドイツ語の応酬は途切れた。
 しかし、後部座席にいるシュリッツの表情は、依然として曇ったままである。
(まったく、やることは地下での陰謀工作ばかり、か)

 前々から興味があった国に滞在しているというのに、一時たりとも裏社会の匂いから逃れることができない。もちろん“白虎”のメンバーという立場上、分かり切っていたことだが。
 これから自分たちがこの島国でしようとしていることを思えば、どうしても物憂げにならざるを得なかった。ましてシュリッツの能力は精神感応。本来なら触れることのできない他者の奥深くに、直接干渉することで本領を発揮する。
 この精神感応系の能力は、裏社会で暗躍する者にとっては実に使い勝手の良い能力だが、ひとつだけ重大な欠点があった。
 不可侵の領域へ強制的に潜り込んでいく精神干渉。その行為は、同時に己の自我を危うくするのである。すなわち……自他の境界が曖昧になる危険性を孕んでいるということだ。
(今回の任務は、今まで以上にこの厄介な力を使う羽目になるだろう……気が重いな)
 異能力を駆使する歳には、『シュリッツ・リヒト・フォン・ローゼンクランツ』という自分の存在を常に強く意識していなければならなかった。さもないと深層意識の混乱を招きかねないからだ。
 シュリッツはすでに己が力を知り尽くしており、よく肝に銘じているため、そんな失態は演じていないけれど、危険を常に抱えながらの任務はひどく消耗を強いられる。
(人の心を読み、利用し、時には操る。そうして俺は、何ひとつ物証を残さず、事態を意のままに収める……)
 精神に負担がかからないはずがない。
 かくしてシュリッツは気を張り続ける。己というものを保つために。
 頭の中にはまだかすかに、他人の異質な思考が残っている。
 湿った黒い残滓を追い払おうと、シュリッツは窓外の桜並木に目を向けた。