自分で買い物をしたのは、それが初めてだった。
もちろん無断のお忍び外出だ。終戦から半年余り、治安も一通りよくなったとはいえ、直系王族の少年が一人で城下町に出るなど近衛隊士が許可するはずもない。警護の兵士や側仕えの者の目を盗んで抜け出すのは気が咎めたものの、それ以上にわくわくした。
だって、ルゥへの贈り物を買うのだ。
大戦で両親と兄を失ってしまった、四つ年下の小さな従妹。彼女は終戦間際に海人国で怪我を負わされ、長く床に伏していた。高熱が引いてからも宮廷医師団に付き添われる日々が続き、庭園に出られるまでに回復したのは本当に最近のことだった。
ぐったりと寝台に横たわる幼い従妹の姿が、どうしても脳裏から離れてくれない。白桃のように色づいていた頬も、初夏の青空と同じ色に輝いていた瞳も、まるで遙か遠い昔のもののようだ。それがたまらなく辛かった。
また以前みたいに元気になってほしい。屈託のない、あの開け放しの笑顔が見たくて。
ルゥのことばかりが気がかりだった。
背に広げた翼で風をいなし、緩やかに速度を落とす。肌寒さは感じなかった。長らく天人国に留まっていた寒気は和らぎ、いつの間にか溶け去っていったのだろう。
王都に花咲く春が来る。
もうすぐルゥの七歳の誕生日。心を込めたお祝いを、してあげたい。──いなくなってしまった人たちの分まで。
*
迷った末に包んでもらったのは、絹のリボンだった。
つややかな桜色の光沢があって品が良い。縁取りに施された銀の刺繍は優美で、柔らかな手触りも気に入った。
もちろん王侯女性が普段身につけるような高級絹とは比べるべくもない品だろうし、おまけに女性の装飾品を選んだ経験など自分には一度もない。でも、これならきっとルゥに似合うと思った。
王宮に戻った後、彼女が起きているときを見計らって手渡すと、ルゥは城下町の店の包み紙を見て驚いたようだった。
紅葉に似た小さな手が、そうっとリボンに触れる。宝物を扱うような手つきだ。
オレは丁寧に梳られた金色の髪を一房すくい取って、見よう見真似で結んでやった。そして、やっぱり自分の見立ては正しかったのだと、鏡に映ったルゥの姿を見て確信する。
「ありがとう、ジルお兄様……!」
嬉しげに声を上げたルゥの笑顔が、なぜだかひどく、まぶしくて。
胸の奥深くにまで、あたたかな陽射しが染み渡ったような、そんな気持ちになった。
END
【君へありがとうを10回言おう】
お題拝借:
ユグドラシル様