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Tearful Day (3)



「ルシファー王女殿下、此度は誠におめでとうございます」
「宰相殿、ありがとうございます。地人王陛下によろしくお伝えください。造園大国である貴国には一度お邪魔してみたいと思っておりますわ」
 天人国の伝統晩餐でお腹が暖まった頃、ミカエルの言ったとおり、各国の使節団が続々とルシファーの席を訪れ始めた。
 一人ずつ挨拶をかわし、話をする。お国の風土のこと、新事業のこと、王族の動向のこと。時折ミカエルが会話に介添えしてくれるおかげで、初めはややぎこちなかったルシファーも話題を楽しめるようになっていった。
「それはぜひとも。我が王自慢の庭園群をご覧にいれましょうぞ。もっとも、城同様、いささか風変わりなものが多くありますが」
「ああ、そういえばそちらさまでは先年、王城の増築にあたって新進の建築家を起用なさったとお伺いいたしましたが、もう着工なさっておいでですの?」
 婉然たる微笑を絶やさず、目線を泳がせず。相手の話に相槌をうち、切り返す。話術は奥が深い、と言っていた家庭教師の言葉は本当だった。微妙な言い回しの差異で、場の雰囲気に違いが出てくるのが分かるのだ。だが会話の妙を楽しむのはこの際二の次で、賓客の顔と役職、名前を覚え込むことがルシファーの最優先課題だった。
(ちょっとくらい、いいよね)
 しばらくして、挨拶にやってくる人の流れが途切れたのを見計らって、ルシファーは席を外した。人々の間をなるべく優雅に通り抜け、控えの間へ。次第に夜も更けてきて、化粧崩れが気になるのだ。
 奥の支度部屋に入るなり、専属の侍従女官が待ち構えていたように群がってきた。女官長の号令一下、こちらが何も言わずとも身繕いを始めてくれる。髪の花飾りがてきぱきと挿し直され、唇に紅が引かれていく様を、ただおっとりと見つめた。
「さ、姫様、お支度が整いましたよ」
「ありがとう。さっきからお化粧やら髪やらが気になって仕方なかったの」
 巨大な姿見に映ったルシファーは、どこからどう見ても特権階級の娘だった。蜂蜜のような金髪と白翼も、野良仕事を知らない繊細な指先も、身体を飾った宝石や可憐なドレスも。自分を彩る全てが地位と身分を物語っている。
(“与えられているものと背負うべきものは等価”……だから)
 これに釣り合う義務を果たさなくてはならないのだ。大戦にあっては常に最前線で敵を阻み続けた両親のように。そして戦後の復興に心血を注いできた叔父のように。それがローランスの血統に生まれついた者の定めなのだと、ごく自然に考えられる。
 天人国のために、この国に住まう民のために生きよう――十四歳最後の夜の真剣な想いが、ルシファーの胸をひたひたと満たした。