音楽室の壁には絵画がずらりと飾られている。もちろん歴史に名を残した音楽家たちの肖像画だ。
 今まであんまりじっくり眺めたこともなかったけれど、こうして見ると少しばかり不気味なものがあるような、ないような。
「授業やってなくてラッキーだったな」
 がらんとした室内に先輩の楽しげな呟きが放り出された。
 ピアノ、メトロノーム、譜面台。音楽室はきちんと整えられて秩序を保っている。ピアノの鍵盤を覆った黒蓋が陽光を弾いてきらめいた。
 特別棟は静まり返っている。窓の外は快晴。柔らかで健康的な陽射しが惜しみなく降り注ぎ、グラウンドでは体育の授業が行われているのか、時折遠くから歓声が聞こえてくる。こうして佇んでいるだけで眠気を催すような、陽だまりの中でまどろむ猫の気持ちがよく分かるような、音楽室は心地よい静寂に満ちていた。
 光のただなかで、あたしはふと気づいた。気づいてしまった。
「というか……怪奇現象って、夕暮れとか深夜に起きるのがお約束なんじゃ」
「…………」
「…………」
 見上げた肖像画にはどれも異常など見当たらない。
「あー。じゃ、まァ、アレだな。髪が伸びる肖像画ってのは、ラグの野郎が自分好みに描き足してやがるんだな、きっと。そうに違いない」
「あー。確かにラグ先生ならやりかねないや」
 ……なんだか物凄く、あほらしくなってきました……。
 汚れた白衣の美術教師が肖像画に加筆する姿を想像したら、全身から力が抜けてしまいましたよ。んもうホント、あほらしい。
 ちょうどそのとき、放送設備を通して耳に馴染むメロディが流れた。三時限目の終了を告げるチャイム。もうこんな時間かあ。
「しゃーねェな。ま、暇潰しにはなったな」
「はあ……」
 そうして休憩時間に入ったのを潮に、うやむやのままその場は解散となったのでした。
 はー。なんかこう、嵐に巻き込まれたみたいな心境だ……。


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