む、無理して走ったもんだから眩暈がします。動悸息切れ、ふらふらです。
とりあえず教室に行こう。自分の席に座ればなんとか……。
「おっはよーアリア、今日も調子悪そうだねぇ」
「うん……あやうく遅刻するとこだったし……」
元気いっぱいに話しかけてくるクラスメイトに返事しながら、あたしは吸い込まれるように自席に沈没した。通学鞄を枕に突っ伏してしまう。
「そんなアリアちゃんに朗報。一時限目は自習だよー」
自習イコール休憩できる。これはラッキーだ。神様ありがとう!
その後、ホームルームを行うはずの担任もなぜか姿を現さなかったので(おおかた自分の作品に没頭しているのだろう)、教室は朝のざわめきを残したまま自習時間へと突入した。
「あれアリア、どっか行くの?」
「ちょっと図書館に行ってくる。気になってた本がそろそろ入荷してるはずだから。すぐ戻るよ」
「行ってらっしゃーい」
授業時間の半分ほどを費やして体力回復したあたしは、ようやく活動を開始した。
図書館は特別棟の中ほど、教室棟から渡り廊下を通った先にある。あたしはわりと読書が好きなほうで、放課後に覗きに行くこともしばしばだった。
図書館の扉を開けると、馴染んだ静寂がふわりと押し寄せてくる。授業中だから生徒の姿はない。カウンターの内側では大柄な男性司書が、グローブのような手を意外にも繊細に動かしながらパソコン画面に向かっていた。
新着図書コーナーをチェックすると、案の定、目当ての小説が入っている。一番乗りだ。さっそく借りよう、と手に取ったところで、隣の特設スペースが目に入って思わず動きをとめてしまった。
『理事長の趣味コーナー』
なんだこれ。前に来たときこんなのはなかったけれど。
司書のレヴィスさんに問いかけたら、「昨日作ったばかりだ」と、こともなげに言われた。
なんでも、学園の理事長が個人的にオススメしたい図書を展示するためのコーナーで、ご本人たっての希望で設けたのだそうだ。
夏休みの推薦図書みたいなのが並んでいるかと思いきや、そこに置いてある本のジャンルはばらばらだった。『実践コミュニケーション術』『冤罪』『今日から作ろう美味しいごはん』『霧の大陸』……。実用書、小説、古典作品、漫画まである。
理事長が生徒に読んでほしいと思った本、かぁ。
なんとなく気になる本が目に入り、あたしはその薄い一冊を手に取った。
風変わりな本だった。高級感のある装丁なのだけれど、まず表題がない。著者名もない。妙に古びたような印象なのに、傷んでいるわけではない。
不可解な気持ちでページをめくってみると、なんと中は白紙だった。
「なにこれ?」
思わず呟きが漏れた。どのページも真っ白。
これってただのノートじゃないのか、と思ったその刹那、開いていたページに変化が起きた。みるみるうちに文字が浮き出てきたのである。
──あなたは恐怖のあまり言葉を失うでしょう──
図書に通常使われる印刷文字とは似ても似つかない、手書き風の字。
な……なにこれ、なにコレ!?
恐怖のあまり言葉を失うでしょう、って、予言? これから起こるの? ていうか絶対白紙だったのに文字が現れたよ!? 怖いっ、怖すぎるよ!
臨界点突破。あたしがパニックを起こすのにさして時間はかからなかった。
「ししし司書さーん! 今この本に字が! 予言がぁあ!」
「図書館ではお静かに」
「うわーん怖いよ何コレ呪いの本ですかぁぁ!」
⇒ とんでもないモノを見つけてしまった!