「恋人はいますか?」
 気がついたら声に出してしまっていた。自分でもなぜそんなことを訊ねたのか分からない。なんかこう出来心というか、からかいたくなってしまったというか。つい! 深い意味はないんです!
「いないけど……、ごめん。キミの気持ちには応えられないよ」
 ……は、はいぃ!? ちょ、待っ、なんかものすごい勘違いが発生してませんか!?
 一瞬頭の中が沸騰するほど慌てて、けれどセレシアス先生が面白がるような表情をしているのを見たら、それが冗談だと分かった。からかおうと思ったら逆にからかわれてしまったらしい。
 もおぉ、タチが悪い冗談言わないでほしいな!(自分のことは棚上げしとこう)
 ひとしきり二人で笑い合って……。それから話題は再びあたしの遅刻癖のことに移った。
「そうだなぁ。ちょっとした変化で気持ちが変わってくることもある。何か始めてみるといいかもしれない。……そうだね、例えば、日記をつけるとか」
「日記?」
「そう。短文でもいいから、その日あったこと、考えたことやなんかを、その日のうちに書き留めておく。一日の区切りとしてね」
 日記なんて、小等部の頃の絵日記くらいしかつけたことがないや。
 きょとんとするあたしに、セレシアス先生は丁寧に説明してくれる。
「『今日という日は二度と来ない』って言うだろう? 似たような毎日でも全く同じ日は一日だってないんだ。その意識をもって日々を有意義なものにするために、日記はとても有用だと思うよ。あとで読み返して反省したり、自分を褒めたりもできるだろう?」
 ああ、なるほど。確かに!
 明日は今日の続きじゃなく、明日は明日という新しい一日なのだ。それを意識しながら過ごせば、少しは気持ちが引き締まって、結果的に遅刻も少なくなる、かもしれない。
「いいですね、それ。あたし、日記をつけることにします!」
 宣言すると、ふとした思いつきが脳裏をよぎった。
「ねえ先生、だったらクラスみんなに課題にして出しちゃえばいいじゃないですか。あたし以外にもこういう悩みを持ってる子、けっこういると思うんだけど」
 なにも皆を巻き添えにしようというわけではない。ただ、今のセレシアス先生の話を他の子たちにも聞いてもらいたい。そう思ったのだ。
「課題に、かぁ……。うーん……そうだなぁ……提案してみようかなぁ」
「うんうん」
 それからコーヒーの御礼を言って、あたしは準備室を後にした。残りの見回りを済ませてしまわねばならない。一覧表の『社会科準備室』の欄に巡回済みチェックを入れる。
 立ち去り際、扉越しに囁いた。相手に聞こえないように、ひっそりと。「お疲れさま。先生も身体には気をつけてくださいね」
 なんとはなしに充実したような気持ちに満たされていた。


それから数日後