住
六一〇年霧月/レヴィス
それはどう見ても浮浪児だった。
やみくもに街を渡り歩き、道端に眠り、放浪の果てに餓えてうずくまっている行き倒れの子ども。
出張のために西部へと足を運んだレヴィスが拾ったのは、埃と夜露にまみれた捨て犬のような少年だった。
「おい、大丈夫か?」
西州の探求者ことフェッカ侯爵が都督を務める西部地域の主要都市、旧都アレンティー。かつて大公国の中興期、自然災害によって大打撃を受けた公都リィザに代わり、代替の都として栄えた伝統工芸の街である。
仕事を済ませたレヴィスは、賑々しい街中を散策するうちにふとした好奇心から裏路地へと入り込み、そこで土塀にもたれかかっている異様な風体の子どもを目にしたのだった。
(治安は悪くないところなのに……)
肩がかすかに上下している。生きているのは間違いない。
けれど、小さな頭をすっぽりと覆うフードは薄汚れ、着ている外套はちっとも身体に合っておらず、おまけに顔と手足には細かな擦り傷がたくさんあって、血がにじんでいる箇所すら見える。
呼びかけに反応がない。レヴィスが近寄って助け起こそうとすると、少年はうっすらと目を開いた。
──桜色。あまりにも脆く、儚く彩られた瞳。双眸を豊かに縁取る睫毛は、フードからわずかにこぼれ落ちた髪と同じく、したたるような光沢を含んだ銀色をしている。
異形だった。
普通ならまず見かけることのない、その出生のせいで安穏と暮らせなかったに違いない、混血の容貌。
その子どもの生い立ちを一目見て推察できてしまったレヴィスは、座り込んでいる少年の目の前にかがみ込んだ。
慎重に、助け起こす代わりに言葉をかける。
「私と一緒に、来るといい」
もしもお前に帰れる住みかと待っている家族がいないのなら、という条件は付け足さなかった。
まっとうな家と肉親があるのなら、こんな物陰で絶望を舐め尽くしたような目をして死にかけてはいないだろう。
レヴィスの所属する《クリスタロス》なら、たとえ混血の異端児であってもこの子どもを匿うことができるのだ。
特異な能力を持って生まれた人間は、基本的に政府指定の収容施設に入ることが定められているのだが、その施設の中でさえ周囲から持て余される者も、ごく少数ながら存在する。そうした人々が極秘裏に《クリスタロス》本部に集められ、広大な敷地の一端でひっそりと生活しているのである。
大公陛下のために働く《クリスタロス》に入ってまだ日の浅いレヴィスだったが、手足の伸びきらぬ子どもをこのまま捨て置くことはできなかった。
「とりあえず今晩は安宿だが、飯が出るし風呂もある。傷の手当てをして、着替えを用意しよう。ゆっくり眠って、出発は明日の朝。都へ戻る。街道はずっと海沿いだ……お前、海は好きか?」
ほとんど反応らしい反応を示さなかった少年が、不意に身じろぎした。ひどく緩慢ではあるものの、まるで癒えない傷に触れられたような、鋭い痛みに耐える様子だ。
息を潜めて見守るレヴィスの視線の先で、少年はぎゅっと目を閉じた。何かを必至にうち消そうとして──?
静寂。
遠い空で夕鳴き鳥が鳴いている。物悲しげな声。じきに夕暮れがやってくる。
やがて、細い吐息とともに身体の力を抜き、少年はそのとき初めてレヴィスを見上げた。
その後、少年は、《クリスタロス》の奥深い棟に一部屋を与えられて傷を癒し、成年に達すると同時に正式な所員となった。
彼の名は、セレシアス・ウェスカー。
そして彼を拾ったレヴィスは、大公の代替わりを経た現在、異能者の社会参加の先駆け的部署である三課を取り仕切る課長となっている。
END
【衣食住】3のお題