WILL外伝

祈り

六一九年葡萄月/エルガー

 才能というものは、あるところにはある。そういうものなのだろう。
 が、たとえ素晴らしい天賦の才に恵まれていたとしても、自らみがかなければ使い物にならず、しかもその努力を続けられる者はほんの一握りだ。
 どんな種類のものであれ、才能を発揮する人間をレーゼは尊敬する。
 自分の内に眠る原石をみがき、輝きを放つ段階にまで押し上げた、その努力に対して敬意を払うことは至極当然に思われた。
 だから、そのときの発言は揶揄抜きの心からの感嘆だった。

「本当にすごいな。最近ますます腕に磨きがかかってきたんじゃないのか」

 《クリスタロス》三課で内務を担当するレーゼにとって、先ほどから連続して的に命中する小型の短剣はまさに驚異的だった。
 その速いこと精確なこと。ひゅっという軽い音がしたと思ったら次の瞬間には標的に刺さっている。
 さして力を入れたようにも見えないのに、常人離れした投擲技の持ち主――エルガーはいとも易々と短剣を操るのだった。

「そりゃどォも」

 この同僚はレーゼよりひとまわり年下だがなぜかウマが合い、時々こうして休憩時間に修練の様子を見に行っている。
 エルガーは、異能と度胸とを見込まれて公軍から引き抜かれた技能員である。
 特殊な任務を帯びて外に出ていることが多く、同じ三課の所属でも、課を機能的に保つための内務を司るレーゼとは、まったく違った勤務体制に服している。
 今の短剣投げの修練も然り。
 ありとあらゆる不測の事態に対応する【何でも屋】、それが三課だ。それぞれの個性に応じた研修や訓練が、技能員には課されているのである。

 レーゼから見てエルガーは、自席に座って書類を繰っているよりも、こうして身体を動かしているときのほうが何倍もイキイキしている。むしろ報告書の作成などの事務をしているときは瀕死に近い。
 机が隣だからよく分かるのだが、しばらく現場に出ない日が続くと、その日数と正比例してエルガーの机上は荒んでいく。無秩序に積み上げられた文書がときどきレーゼの席に雪崩れ込んでくる程だった。
 いや、まあ、それはともかく、エルガーの短剣投げは賞賛に値するとレーゼは思っていた。
 何せ、どうあがいても自分にはできない芸当だ。自然と興味もわく。

「なあ、投げる瞬間ってどんなことを考えてるんだ? やっぱり無心か?」
「いや、祈るんだ。一心にな」

 エルガーの返答にはてらいがない。

「へえ……必中祈願ってやつか」
「命中しろ、ど真ん中に刺され、おひねりがっぽりもらえますよーに、そんでもってツケてた飲み代がチャラになりますよォにッ!」
「雑念だらけじゃねえか」

 間髪入れずに突っ込んでしまった。だがエルガーはちっとも悪びれない。

「当たるんだよこれがまた」
「しかもお前さん、飲み屋で余興披露して小金稼ぐのやめろって再三言われただろうが」

 城下の飲み屋で調子に乗って短剣を投げるエルガーの、ほろ酔いの顔が脳裏に浮かんだ。まったく相変わらずの問題児だ。熟練の理由が自ずと察せられて、深いため息がこぼれ出る。余計なこと訊くんじゃなかった。

「む。じゃあバレないようにっていう祈りも追加しておこう」

 もはや返す言葉が見つからない。と思いつつも、好奇心が首をもたげてレーゼはついつい疑問を口にしてしまう。

「……何に祈ってるんだ?」
「そりゃあもちろん、こいつと、オレ自身にさ」

 エルガーは指先で短剣を軽く振って見せる。最も薄く鋭い種類の短剣の刃が、まるで応えるように鈍色に光り……そして小気味良い音を立てて標的に突き立った。
 軽薄な口笛を吹くエルガーの表情は明るく稚気に満ちて、とても二年前まで厳粛なる軍服と軍規に身を包んでいたとは思えない。

「あー、まあ……ほどほどにしておけよ」

 色々な意味を込めて言い置き、レーゼは事務室へと戻った。
 こういうのも才能の有効活用というのだろうか──と、首をひねりながら考えつつ。


 END

【遠くの人へ5のお題】
alamoana様より拝借