花魁の艶姿で美術室に乱入してきた自薦モデル。
 彼女の全身から「私を描いて!」オーラが放出されているけれど、あたしには近くに寄る勇気がありません。なんとなく近寄ったら大変なことになる予感がする!
 というわけで、当初の予定どおり石膏像の前に座り直した。なるべく花魁が視界に入らないよう距離を取って。
 危険を避けるのも必要だよね、うん。
 ナイフで細長く芯を削り出した鉛筆。ざらりとした手触りのクロッキー帳面。油絵の具の匂いが漂う教室。
 突然の事態に一時は教室中が騒然となったものの、一人、またひとりと自分の作品に集中し始めるに従って周囲は静かになっていく。
 目の前の石膏は、豊かに流れる髪と曲線美が特徴的な女性像だ。鉛筆の走る音に促されるように、いつの間にかあたしもデッサンに没頭していった。
「……陰影のつけ方が繊細だ。いいね」
 かなり長い時間、忘我の心地で手を動かしていたせいだろうか。耳元で聞こえた小さな声に反応するのが遅れてしまった。
 見上げると、ラグ先生が傍らに佇んでいる。いつの間に創作没頭モードから抜け出たんだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「アリア君、あとでちょっと話をしようか」
 他のクラスメイトに聞かれないようにという配慮か、先生の声はほとんど囁きだったけれど、あたしは思わず返事に詰まる。よ、呼び出しをくらってしまった!
 担任教師の呼び出しだ。もちろんノーとは言えない。了解の意を示すと、ラグ先生はふっと微笑んだ。
「そんな身構えなくてもいいから。授業が終わったら面談室に来てね」
 あたしに描画を続けるよう促して、先生は隣の子のクロッキー帳に視線を注ぐ。一言二言コメントして、ゆっくりとその隣へ。
「人体のつなぎ目、関節を意識する。材質、光の当たり方、対象をよく見ること」
 全員へのアドバイスを口にするラグ先生の教師然とした声と、鉛筆が帳面の上で動く音と。花魁コスプレのティキュ先輩を被写体にしたグループも、特に問題なくデッサンを続けている。
 そのまま美術の授業は滞りなく終わったのだった。


面談室へ