ファンタジースキーさんに100のお題

002. 囚われた娘


 そんなのとっくに分かってた。
 もう後戻りはできないって。

 明るい教室や、同級生の笑いさざめき、屈託のない友人関係。
 全部ぜんぶ、捨ててきた。
 希望に満ちた未来と引き換えに、あの人と共に在ることを私は選んだ。
 手を血に染めること。汚濁した闇社会で暗躍すること。
 『闇技術者エーデルワイス』は、あの人の懐刀。何だって厭いはしない。
 あの人のために生きる──それは私の喜びなのだから。
 だから私は、自ら望んで地下世界の技能を体得した。
 当代随一の闇技術者とまで呼ばれた人に師事して、知識を吸収し、身体を鍛え、精神を補強する。
 そうして私は『エーデルワイス』になった。
 何事にも動じず、どんな任務も冷徹に遂行できる、忠実な猟犬に。

 私の行動はあの人のため。
 判断基準は、あの人の利になるか否か。
 全てにおいて、あの人が最優先。
 だから私はためらわない。悩まない。鋼鉄の、自動人形。
 技能、時間、心。私の持てる全てを注いで、あの人の命令を実行するだけ。
 私はもう、他のものに価値を見出すことができないのだ。
 そう……自分自身にさえ。

 友達なんか要らない。
 安らぎも、笑顔も、夢も。全部、要らない。
 ただあの人の傍にいられれば……それでいい。

 きっと人は、こんな私を滑稽と笑うだろう。
 あるいは憐れに思い、同情するかもしれない。そうまでして、たった一人の愛が欲しいのか、と。
 本当は分かっている。
 随従することで寵を乞う私は、愚かで浅ましい。みじめで、脆く、弱い。救いようがないほどに。
 まるで……哀れなはぐれ鳥のようだ。

 でも、それでも、私は……

 もしあの人が凶弾にさらされたら、私は身を呈して庇うだろう。
 もしあの人が死んだら、私はすぐさま後を追うだろう。
 私は、あの人なしでは生きられない。
 だから、生きるならばあの人のために。
 幼かった遠い日に、救いの手を差しのべてくれた、あの人ために。
 『エーデルワイス』として生きること──それは自身への誓約。

 この瞳に映るのは、贖えぬ罪。
 この腕を戒めるのは、救いなき愛。
 罪科の闇に囚われ、絆という鎖で縛られて。
 そして私は、今夜も粛清の刃を振り上げる。

 光の届かぬ闇の中。いつかこうして、私も自身の血にまみれて死を迎えるのだろう。
 幾多の血を浴びてきた者には、それが最も相応しい末路。
 死ねば、終わりだ。骸となって、一切合財に幕が降ろされる。永遠の隔絶。
 でも。きっと私は、最後の瞬間まで後悔はしない。
 あの人と出会い、この道に殉じること。
 すべて私の選んだ道だから。あの人と共に歩んだ道だから。
 それがどんなに罪深くとも、悔いなどあろうはずがない。
 自ら掴み取った運命を、静かに全うしよう。

 ただ、ひとつだけ。
 願わくば……
 今しばらく、あの人の傍に、いられますように。

 それだけが、私の、願い。


イラスト:KT様