013. きび団子 (1)
昔々ある村に、苦労性で胃痛持ちのマジュリツおじいさんと、傍若無人で研究狂のロザリンおばあさんが住んでいました。
「ぎゃーっ! なんだこの凶悪な植物はー!?」
「なにようマジュ、そんな大声出して。ただのマンドラゴラじゃない☆」
「マンドラゴラ!? どうして、一体なぜうちの庭にそんなモンがッ!?」
「私が植えたから~☆ あ、マジュ、これから毎日血ちょうだいね☆」
「誰がやるか! 燃やせ! 今すぐ燃やせええー!!」
夫婦は仲良く暮らしていましたが、残念なことに二人の間には子どもがありません。マジュリツは切実に思いました。「このままではいつか本当に妻の研究の生け贄にされてしまう!」
今までは、実験台にされそうになるたびに「薪を集める」と言って山へ避難していたのですが、それももはや限界です。かといって、他人様を身代わりにするわけにもいきません。
ああ、どうしたらいいのでしょう。マジュリツの胃痛も絶頂です。
そんなある日、ロザリンが泉で水質調査をしていると、いきなり水面が泡立って、水の中から大きな桃が姿を現しました。
「あら、変わった魔獣ねぇ。生け捕りにして研究しなくちゃ☆」
ロザリンは桃を捕獲してうちへ帰りました。
「ロー! また妙なモンを拾って! 早く捨ててきなさい!」
夜。自宅に帰るなり、常軌を逸した巨大桃を見せられて、マジュリツは至極まっとうな反応を示しました。
「嫌☆」
だが簡単に引き下がるようなロザリンではありません。睨み合う二人。本格的な夫婦喧嘩が勃発しかけた、その時。
なんと、問題の桃がひとりでに割れて、中から人間の男の子が飛び出たではありませんか。
藤色の目をしたその男の子は、間抜けなことに、飛び出した拍子に柱に頭をぶつけて半泣きです。
「な……ななななッ!?」
「なぁんだ、魔獣じゃないのね。残念~」
夫妻は男の子にフェルンと名前をつけて、育てることにしました。
桃から生まれたフェルンは、病気ひとつしないですくすく育ちました。
マジュリツに戦闘を仕込まれ、ロザリンに(実験台にされて)身体を鍛えられたおかげで、頑丈さにかけては村一番です。
一方その頃、都では大変な騒ぎが起こっていました。毎晩のように鬼ヶ島の鬼が現れて、可愛いと評判の娘たちを攫っていくというのです。
それを聞いたロザリンは、俄然興味を持ちました。
「一度でいいから鬼を解剖してみたい~! ねえマジュ、捕獲してきて」
「うっ、持病の胃痛が……痛たたた」
「じゃあフェルン、行ってきて☆」
育ての母に逆らうとどうなるか、よーく身に染みているフェルン。嫌だと叫びたくても言い出せず、なし崩しに鬼退治が決定してしまいました。
「ううっ、すまんなフェルン、俺がこんな身体なばっかりに……」
「鬼を捕まえるまで帰ってきちゃダメよ☆」
むせび泣くマジュリツと朗らかに手を振るロザリンに見送られて、フェルンは嫌々旅立ったのでした。
「……何やってるんですか?」
村外れまで来ると、フェルンは不審な生物を見つけて立ち止まりました。
「見ての通り、丸くなっているんだよ」
それはパニヤット犬でした。至極当然といった口調で答えてきます。
「ほーら、こうして丸まっていると、ゲデヒトニスの気持ちが少し分かるかもしれないだろう?」
どうやらパニヤット犬は魔獣フェチのようです。膝を抱えて精一杯丸くなろうとしているパニヤット犬を前にして、フェルンは激しく理解に苦しみました。
が、あっさりと見切りをつけて歩き出します。それを呼び止めて、パニヤット犬が言うことには、
「腰に下げた包みをひとつくれないかな? 実は丸まるのに夢中で、昨日から何も食べていないんだよ」
呆れた魔獣フェチです。しかし頼まれたら断れないフェルンは、快く団子の包みを手渡しました。
その団子は、出がけにロザリンが持たせてくれたものでした。なので実際のところ、一体何が入っているのか、そもそもマトモに食べられるのかどうかも怪しいところです。
そんな事実はつゆ知らず、パニヤット犬は一口で恐怖の団子を飲み下してしまいました。
「ありがとう、とても美味しかったよ!」
どうやら無事のようです。ハズレ団子だったのでしょうか。
「そうだ、団子のお礼にキミのお供をしようじゃないか。その格好だと、どこかに行くところなんだろう?」
鬼退治に行くのだと説明すると、途端にパニヤット犬は態度を一変させました。
「何を言ってるんだ! 鬼は世界で一番美しい魔獣だぞ!? それを退治だの捕獲だの……ダメだダメだ! そんなことはしちゃダメだー!」
フェルンが再び歩き始めても、パニヤット犬の説得は終わりません。
こうして、フェルンの旅に連れができたのでした。
パニヤット犬の叱言にげんなりしながら山道を行くと、いきなり木々の枝をかきわけてイレイン雉が現れました。
「なんだオマエら。ずいぶんと賑やかだな?」
森の静寂を乱したことに対する苦情申し立てのようです。
「どうもすみません。お詫びのしるしに、コレ、つまらないものですが」
「分かりゃいいんだ、分かりゃ……うッ!?」
フェルンがさりげなく渡した恐怖の団子を食べるなり、イレイン雉の顔色が壮絶な赤に変わりました。赤から青、それから土気色へと顔色が変わっていったので、一同は「もうダメかも」と不吉なことを思いましたが、イレイン雉は幸いにも一命を取り留めました。
「テメエ……とんでもない危険物を食わせやがって!」
当然ですが、アタリ団子をくらったイレイン雉は怒り心頭です。
「許さん! この恨みは覚えておくからな!」
こうしてイレイン雉はフェルンをつけ狙うようになりました。