夢想百題

028. 闇払う陽の標 (2)



 乱世だった。
 国土の半分が異国に占領されて久しく、侵略は今もなお続いている。
 包囲され、陥落寸前の街は日を追うごとに増えていく。まさに斜陽。戦から生まれた疫病が、落日の兆しにさらなる拍車をかけた。
 我が身かわいさに走る者も多い。「抗った挙句に征服されて奴隷扱いを受けるのならば、いっそのこと」と、侵略者に迎合する国内貴族も現れて、異国の軍隊は撤退どころか腰を据える様相を呈した。とりわけ北部地方の一派などは積極的に異国軍を支援して、あろうことか二国併合を主張し始めるありさまだった。
 おりしも国王は不在。積年の複雑な政争の果てに、国論は真っ二つに割れていた。侵略国の幼き君主がこの国の王冠をも戴くことを是とする人々と、先王の血を継ぐ王太子を玉座へと上げようとする人々と。
 そう。その王太子派の急先鋒こそ、狂宴じみた戦線を疾駆する灼熱の乙女──。

 レイディ、と。俺は彼女をただそう呼ぶ。総司令官どのや他の兵士連中も同様だ。
 けれど俺はときどき夢想する。もしこのまま戦闘を重ねて敵軍を打ち破り、国土を取り戻しながら、やがて正当なる王位継承者が戴冠式を挙げるべき聖地へと、王太子殿下をお連れすることが実現できたならば。
 悲願成就のあかつきには、レイディの呼び名は、何か他のものへと変わるのだろうか。歴史に足跡を残した多くの偉人が、後世の人々によって功績にふさわしい二つ名を贈られるように。ただの乙女(レイディ)ではなく、もっと別の、畏敬の込められた尊称へと。
 予感というにはあまりに拙く、埒もない考えだった。俺らしくもない。まったく自嘲するしかないのだが、どうしてだか根拠もなくそんなふうに思えてならないのだ。彼女と出会って、その瞳を見た瞬間から、ずっと。
「勝利は目前です! さあ、わたしに続け!」
 激しい金色の輝きに導かれて、俺たちは北東の聖地を目指す。
 何もかもが不定形で容易く歪んでしまう時勢の中。果ての見えない戦乱にも倦むことなく、ひたすらに進む。熱に浮かされたような陽気さで剣を振り、鞘ごと剣を抱いて眠る日々。
 彼女が指し示すのなら、どこへだって駆けていこう。彼女の隣で戦塵にまみれたこの年月を、このまぶしさを、俺はもう二度と忘れられないに違いない。
 初めて得た確信だった。
 わずかばかりの息苦しさと、そして圧倒的なまでの充実感をもたらして、レイディはとうに俺の魂を染め変えていたのだった。



イラスト:蒼樹アリ様


END