「里までこやつを連れて行ってしもうたら、さぞや迷惑じゃろうな……」
「火明の一族とやらが寛大だといいな」
決して天狗と目を合わせずに、困惑と苛立ちを極力抑えた声で囁き合う。
「妾たちは怨霊を封じるために動いておるゆえ邪魔をするなと、幾度も説明してやったのにのう……」
「もう一回戒めの術をかけて、簀巻きにして置き去りにする、ってのは駄目だろうか」
「術の効力が切れたら追いかけてきそうな気がせぬか?」
「……するな」
「おーい、だからさっきも言っただろ? お前さんに勝つまで何回だって挑んでやるし、そっちの刀を遣う若造とも勝負がしたい、ってな!」
二人の会話に頭上から割り込んで、雲取はどこまでも偉そうに自分勝手な考えを言い放つ。
天狗種族が群れを作ろうとせず、それぞれが気ままに散って暮らしている理由がなんとなく察せられるようで、葛葉はいいかげんに頭を抱えたくなった。
「お前さんたちが祟り神を鎮めるってんなら、ワシもそれに協力してやるぞっ。勝負のついでだしな!」
「謹んで辞退申し上げる」
「ついて来るな。迷惑じゃ」
清白が冷たく即答しても、葛葉が邪険に追い払っても、全然ちっとも効き目がない。その身勝手な言動たるや、いっそ清々しいくらいの域に達していた。
「よし、雲取とやら。この団子をくれてやる。じゃから黙って住処の山へ帰りゃ」
「団子はもらう! けど帰らねーぞっ」
「帰らぬのならば団子はやらぬ!」
「あ、お前さん勝ち逃げする気だな!? そりゃ卑怯ってもんだろーがよ! 団子ぉっ!」
人妖たちの応酬を聞いて、清白は深々と溜息をついた。
おもむろに団子の包みを開き、葛葉と雲取にそれぞれ手渡す。餅を丸めて餡子をかけただけの串団子だ。旅籠の近くの屋台で買った安物だが、歩き食いには丁度いい。
「食っていいから、そうあまり大声を上げるな。辺りに人里がないわけじゃないんだ。余計な騒ぎになったら面倒だろう」
「む……。まあ、それもそうだなっ」
「相わかった」
頷いて、葛葉は団子をひとつ頬張った。美味い。甘みが寝不足の身体に染み渡るような心地だ。
思わず目をみはって、次いで二口目。清白や雲取も同様に感じたらしく、一心に咀嚼している。
ふと気づいた頃には、野鳥のさえずりや木々の葉擦れの音がいつの間にか耳に戻ってきていた。
食べ終わるまでの束の間、三人は黙々と口を動かし続けたのだった。
END