夢想百題

037. 魔女と魔法使い (1)



 “切り拓け、己の手で”

 そんなキャッチフレーズのオンラインゲームに、このところあたしはすっかりハマッている。
 ついつい今日も朝からログイン。まあ朝といっても夏休み中だから、お昼ご飯の時間のほうが近かったりするのだけれど。
 起動のたびに流れるオープニングをワンタッチでスキップして、メニュー画面へ。
 うん、よしよし。いつ見ても可愛い。
 表示されたプレイヤーキャラクターを眺めれば、それだけでふつふつと満足感がこみあげてくる。
 顔立ちや体格、瞳の色から髪型に至るまで自分好みに設定したアバターだ。自キャラを愛でるのはごく自然のことで、ちっともおかしくなんかないとあたしは思う。
 それどころか、自キャラの過去だとか性格なんかも詳細に決めてある凝り性のプレイヤーに出会ったことも二度や三度ではないことからして、このゲームはそういう嗜好のユーザー向きなのだろう。
 あたしの『グリンダ』は栗色の巻き毛に大きな緑の瞳、色白の美人さん。クラスは魔法使いで、しばらく前に四苦八苦した挙句ようやっと見習いからクラスチェンジしたところだ。
 目指すはさらなる上級クラス──魔女。
 戦士は剣、格闘家はグローブといった具合にクラスによって装備できるものが異なり、どれも一風変わったデザインだから、魔女がどんな衣装なのか楽しみで仕方なかった。まさかオーソドックスな黒いマントにとんがり帽子ではないだろう。ないと思いたい。せめて魔法使いのローブより可愛いといいなあ。
 ──そう、お目当てのクラスの衣装デザインすら知らないのだ。
 これはあたしに限ったことではなく、このゲームはとにかくやたらめったら情報の流出が少ないので有名だった。
 一般的なゲームだったらネット検索すればいくらでも情報を仕入れられるところだが、何やら販売元の意向があるらしく、発売から数ヶ月が経っても未だに公式サイトには最低限の事柄しか載っていないし、攻略本すら発売されていないという状態なのだから。
 つまり非公式の攻略サイトに頼らざるを得ないわけで、でもこれがまたサイトによって掲載内容がまちまちで、真偽の怪しい情報ばかり。結局は自分で手探りしながら進めていくしかないのが現状だった。
 極端な話、魔女というクラスが実在するのか否かすら、自分で見聞きする、あるいは他のプレイヤーに教えてもらうかしなければ真相を知り得ないのである。
 新作ソフトでも攻略情報に不自由しない状態に慣れ親しんだあたしにはかなりキツい、でもそれだけに新鮮な刺激があってやり甲斐のあるゲームだった。コアなファンがのめり込んでいるのも頷ける。

 そんなわけで、今日も地道にプレイ開始。
 ちなみに今のグリンダの装備品はといえば、天雷獣のヒゲを軸にした樫の木の杖、防刃の黒いローブ、魔力を底上げする大粒のイヤリング。
 もう少しお金が貯まったら防御面を強化したい。この前までは体育会系丸出しの騎士キャラ君と一緒に行動していたから戦闘で前線に立つ必要はなかったけれど、彼、リアル仕事のシフトが変わったとかで、もう待ち合わせして同時ログインするのは難しいと言うのでパーティを解消したのだ。社会人って大変だな。
 タッチパッド部分に指を添えて動かすと、画面の中でグリンダが移動を始める。
 ベースキャンプとなっている交易の街。
 賑わいを見せる街角、背後を行き交う人間の半数はプレイヤーキャラクターだ。夏休みだからか、真っ昼間のわりには人影が多い。初期装備のままの剣士、金髪碧眼の弓師。あ、肩に白鷹をとまらせているあの人って動物使いかな? 噂には聞いていたけど初めて見たよ、カッコいいわー。
 みな十人十色の外見で、街角に佇んでぼーっと眺めているだけでも楽しめる。気になるキャラに話しかけたり、ステータスを拝見したりもできる。まあ、相手がNPCじゃなくて自分と同じようにゲームをしている人だと思うと、チキンのあたしにはちょっとハードルが高いんだけどね。
 目的地は酒場。新たな仲間を探そうという魂胆だ。一人旅もいいけれど、早くクラスチェンジしたいあたしは効率よく経験値を稼がなきゃならないわけで、そうなるとやっぱり旅の同行者がほしかった。
 昼間は食堂、夜になれば酒場に早変わりする『天馬のしっぽ亭』は、そうやって仲間を求める人が集う出会いスポットであり、いつも程よく賑わっている。
 扉を開けて酒場に入り、ぐるりと周囲を見渡した。
 ちらほらと何人か、アバターの頭の上にアイコンが表示されているキャラがいる。人差し指を模した『この指とーまれ』マーク、要するにお仲間募集の合図だ。もちろんあたしもパーティ解散した直後から表示させている。
 仲間がほしい場合、このアイコンが出ているキャラに話を持ちかけるのが一番てっとり早い。
 いそいそと品定めをしようとしたそのとき、ふと画面の隅に人影が映った。酒場の片隅に佇んでいたそのキャラクターに、あたしはひと目で釘付けになった。