夢想百題

037. 魔女と魔法使い (2)


「……花魁?」
 無意識のうちに声が滑り出る。
 このゲームを始めて数ヶ月経つが、未だかつてお目にかかったことのない種類の衣装だ。豪華絢爛な和服をさらりと着こなし、結い上げた黒髪に(かんざし)を添えた、涼やかな顔立ちの女性。
 ただ立っているだけで実に絵になる。いつだったか映画で見た、花街に咲き誇る大輪の華によく似ていた。
 このゲームはわりと西洋風のデザインが多いのに、思いっきり和テイストだ。異色というか、酒場の風景からも良い意味で浮いている。一体なんのクラスだろう。
 目にも鮮やかな花魁に、吸い寄せられるように近づいていく。気がつくとコンタクト決定キーを押していた。
 一瞬かなり焦ったけれど、ちょっとステータスを見させてもらうくらいなら……
 そしてあたしは絶句する羽目になる。
 花魁の姿をしたキャラクターは、魔女、だった。
「うっそお……ホントに魔女だよ……」
 唾を飲み、動悸が激しくなった胸を押さえつつ、ステータスを舐めるように確認していく。
 キャラの名前はヨシノ。レベルは七十五か。能力値は攻撃力、知力、精神力が高く、当然のことながら魔力は抜群。防御力と命中力はそこそこ、素早さと体力は低め。
 うわあ、明らかに魔法使いより上級クラスだ。固有の特殊技──アビリティの数が多い。『予言』『祝福』『呪い』『歴史への介入』『月影媛の息吹』。詳細は分からないけれど強力そうな感じがする。
 どうやら戦闘時には、装備した煙管が敵の攻撃を和らげるバリアをオートで展開するらしい。なんたるハイスペック!
 あ、しかも簪は毒や眠りなんかのステータス異常を防ぐ上に、魔力値を底上げする効果があるみたいだ。ちょ、至れり尽くせりとはこのことかっ!
 こんなのを見てしまっては黙って通り過ぎるわけにはいかない。レベル七十五ならグリンダと大して差はないのだ。普段の引っ込み思案はどこへやら、あたしは猛然と魔女に話しかけていた。
 ゲーム中、プレイヤー同士の会話はチャット方式で自由にできる。話したいキャラに接触して言葉を入力するだけでいい。もちろん相手がいつでも応えてくれるとは限らないけれど。
〔初めまして。魔女にクラスチェンジしたいんですけど、よかったら条件を教えてくれませんか?〕
 上級クラスに進化するには、上手く能力値を割り振り、特殊なアイテムを手に入れた状態で特定の場所を訪れなければならない。必要となる能力値やアイテム、鍵となるスポットまでもがクラスによってそれぞれ異なるものだから、当てずっぽうで条件を満たせる確率は推して知るべし、だ。
 ちなみに見習いから魔法使いになるときの条件は、『青の古文書』を持って水龍の洞窟へ行くことだった。たまたま一緒に夜盗狩りイベントに参加した魔法使いに教えてもらったのだ。
 目の前の魔女ヨシノは貴重な貴重な情報源。このチャンスを逃すなんてあり得ないでしょ!
 彼女はしばらくグリンダのステータスを眺めたあと、短い返信をよこしてきた。
〔パラバランスはちょうどいいと思う〕
 パラメーターの振り分けバランスは良し、と。あたしは意気揚々と重ねて訊ねる。
〔キーアイテムって何ですか? やっぱり手に入りにくいんでしょうか?〕
 どきどきしながら待つことしばし。
 ……ん? 返事がない。どうしたんだろう。とりあえずもうちょい話しかけてみるか。
 再度同じ質問を投げると、ヨシノは唐突に移動を始めた。あたし──グリンダにはっきりと背を向けて、遠ざかろうとする。まるでご機嫌ナナメな猫のように。
 え。うっそお、疑問形のメッセをスルーされた!?
 あたしは愕然として華やかな後姿を見つめる。
 初対面でいきなり図々しかっただろうか。いや、それにしてもちょっとあんまりな仕打ちじゃない?
 とっさに追いすがってしまったのはゲームの中だからこそで、実際にこんな対応をされたらその場に立ち尽くすしかできないだろう。わけも分らずまたメッセを送る。
〔ちょっと待ってください!〕
〔わたしは仲間を募集していない。話すことはない〕
 そりゃまあ、アイコン表示がないのは見れば分かるけどさあ。でもちょっとくらい何か教えてくれたっていいんじゃないの?
 せっかく初めて会えた魔女クラスなのに。

 その日から、あたしはログインするたびにヨシノを探すようになった。