このスバル学園は伝統ある学校で、時代の変遷に伴い校舎の増築や改築を繰り返して現在に至っている。
今はもう使われていない旧体育館が敷地の片隅に残されているのは、単に倉庫代わりに使えるからだとあたしは今まで思っていた。
使われていないといっても定期的に清掃業者が入っているのは知っていたし、見た目もそれなりに保たれていて、旧体育館という言葉から連想されるような『今にも朽ちそうな木造校舎』的なおどろおどろしさは感じられない。
それでもエルガー先輩がここに来たということは何かしら七不思議があるのだろう。
問いかけの視線に気がついたと見えて、先輩は腕組みなんぞをしながら偉そうに喋りだした。
「スバル学園七不思議その二、『旧体育館の壁には謎の御札が貼られている』。地縛霊を鎮めるためのもので、だからここは未だに取り壊されずにいるんだそうな」
「はあ」
地縛霊ときましたよ。もうどんなリアクションしたらいいのか分からないから、思い切りテキトーな相槌で受け流すしかない状態。
「体育館が新しくなったのっていつ頃の話ですか?」
「ざっと十年は前だな」
それじゃあ体育館として現役で使われていた当時を知ってるのって、古株の先生数人だけ、かぁ。
「ここ、鍵かかってるんじゃ……?」
「裏手の非常口が空いてる。とりあえず入ってみっか!」
慣れた様子で道案内してくれるのはいいけれど、この人どうしてこういう抜け道とかにやたら詳しいんだろ。いつもこんなことばっかりしてるのかなー。サボってる姿も堂に入ってたし、よく進級できるなぁ。感心しちゃう。それこそ七不思議、なんてね。
口に出したら叩かれそうなことをつらつらと考えながら建物の裏手に回ると、確かに非常口が。業者さんが施錠し忘れたのだろうか、あっさり中に侵入することができた。
「壁、壁ねぇ……」
午前中の陽射しが体育館にも差し込んできて、窓越しに光の帯ができている。室内は充分な明るさだった。少しだけ息苦しいような気がするのは、しばらく換気されていなくて空気が少し澱んでいるからだろう。
床はつるりとした素材で、ステージや更衣室があって、天井がとても高い。全体的にいま使われている体育館とほぼ同じつくりだ。
光に照らされて、床にできた細かな傷跡がはっきりと目に付いた。ここで授業や部活に打ち込んだ先輩方の存在を、強く意識する。
うーん。地縛霊というのはともかくとして、強い想いが残っていてもおかしくはないのかも……という気持ちになってきた!
「あ。これじゃねえか?」
一瞬びくっと震えてしまった。不覚。なんてタイミングで声を出すんだこの人は!
とりあえず駆け寄ってみると、なめらかな木材でできた壁面に何かが貼り付けてある。大きさはペンケース程度。
「って……粘着テープじゃねーか!」
いくら目を凝らしてみても、それは長めに切り取られた粘着テープだった。頑丈な布製のやつだ。
貼ってある場所、貼り方から推測するに、傷んできた壁の一部を補強したのだろう。その表面にびっしりと何か書き込みされている。しばし時間をかけて読み取れたのは『ラーメン食べたい細麺で濃い口ショウユ。あとドーナツ。忘れちゃいけないプリンも……』というような細かい文字。
まるで妖しいオカルト系のまじないのように、食べ物に関する欲望や批判(?)がテープの表面を埋め尽くしている。
き、気持ち悪い……! ただならぬ執念だ。一体誰がどういうつもりでこんな真似をしたのだろう。
しばらく呆然と眺めていたけれど、他にそれらしきものも見当たらないし、『謎の御札』検証はこれにて終了ということで。
思わずため息が漏れた。
誰かに見咎められないようこっそり出て行きながら、あたしはなんともいえない疲労感を覚えたのだった。
「さァて、気を取り直して次。えーと、『音楽室の肖像画の髪が伸びる』。もしくは『歩く銅像』。どっちにするよ?」
まだ行く気ですよこの人。しかもあからさまに胡散臭いです。どっちも遠慮したいです。
⇒ (1) 音楽室の肖像画
⇒ (2) 歩く銅像