WILL外伝

夜更かしセレシアス

六二〇年草月/セレシアス

 床に腰を下ろし、寝台の側面に背を預けて。
 どのくらい物思いにふけっていただろうか。ふと壁時計を見上げると、いつの間にか深夜を回っていた。
 小さな燭台の明かりに照らされた室内は、きれいに片付けられて殺風景なほどだった。もともと大して多くない身の回りの手荷物は、まとめて背嚢に詰めてある。

 ──九年と七か月。
 行く当てなどなく、生きようとする意欲もなく、非力な子どもだったかつての自分。死にかけていたところを拾われて、《クリスタロス》に匿われて養生し、やがて正式な所員となって。
 仕事を終えてここに戻ってくると、いつもほっと息をつくことができた。混血の証である尖った耳朶や、異相とされる銀髪や桜色の目を見られたくない一心でかぶっている頭巾を、人目を気にせず脱げるのもこの自室だけだった。

 この寮の個室で過ごしてきた月日を思うと、一言では表現できない感情が胸の奥で渦を巻く。
 もうすぐここを出て行くのだ。
 決断に、後悔はなかった。混血の厄介者を今まで養ってくれた組織に、後足で砂をかけるような真似をしたのは申し訳なく思うけれど。
 とりあえず謹慎とはいっても、ことは特殊任務の放棄と同任務遂行者に対する妨害。重大な裏切り行為に他ならない。じきに解雇通達が届くだろう。
 すでに仕事上の引継ぎは済んでいる。かなり慌しいものだったが、課の業務にさほど影響はないはずだ。
 技能員がひとり抜けたとしても、残った人員でつつがなくやっていけるに違いなかった。

 三課の面々が脳裏をよぎる。
 西部の路地裏で手をさしのべてくれたレヴィス課長。分け隔てなく朗らかで、ごく自然な敬意を持って接してくれたティキュ。最後の任務で何度も翻意を促してくれたのに迷惑をかけてしまったエルガー。
 思い返してみれば、壁を作って閉じこもっていたのは自分のほうだったのだ。
 気づかせてくれたのは、まったく世間を知らない、生真面目で前向きなひとりの少女。
 一緒に過ごしたのは本当に短い間だったけれど、その印象はひときわ鮮烈に焼きついていた。

 感傷めいた想いを胸に、真夜中の静寂に再び身を任せる。
 繭の中にも似たこの部屋にいられるのも、あと、わずか。


 END